英雄は愛のしらべをご所望である
今と昔の英雄
弦を弾くたび、空気が震える。

時に優しく、時に激しく。
まるで歌を歌うかのように表情豊かで、振動は耳から身体の芯へ伝わり、心までも震わせる。

セシリアの母は、セシリアのハープの演奏を聴くと、「セシリアの心の声が聞こえてくるわ」と笑っていた。
小さい頃は、そう言われるのが嬉しくて、よく両親の前で演奏していたけれど、師匠であるラルドには、それでは駄目だと言われている。


店の裏にある小さな庭。花壇などもなく、物置き代わりの小屋と薪割り道具が転がっているだけだ。
そんな庭の片隅にある一本の木の下が、セシリアの練習場所になっている。

午後は店の手伝いがあるため、セシリアが自分の時間を作れるのは午前中のみ。それも、ラルドが見てくれるのは、彼が起きた時だけである。
何とも自由な師匠だ、とも思うが、家を出て修行することを許してもらえたのは、ひとえにラルドが母の知り合いだからなので文句は言うまい。

木の幹に寄りかかり空を見上げれば、大きく広がる枝にびっしりと緑の葉が生い茂り、風が吹くたび葉の隙間から青い空がチラチラと顔を出す。
手元から零れ落ちる音達が、葉の影に消えていく。


「なんだか寂しそうね」


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