英雄は愛のしらべをご所望である
夢と現実
陽光の下、緩やかな風が青々とした葉を優しく揺らし、小鳥たちは歌い出す。彼らの声は夢の中の住人を現実世界へ引き戻してくれる……はずなのだが、例外はいるらしい。


「師匠! いつまで寝てるんですか!? もうすぐ昼になりますよ!」


セシリアはベッド上の布団の塊を力の限り揺さぶった。けれど、ワサワサとされるがままに揺れるその塊の主から起きる気配は一向に伝わってこない。
セシリアの笑みが僅かに引きつった。


「そんなに寝てたら約束の時間に間に合わなくなりますよ?」


セシリアは布団を剥ぎ取ってしまおうと、思い切り布団を引っ張った。一度太陽の光を浴びてしまえば、眼が覚めるだろうと思ったのだ。
しかし、布団はビクともしない。布団の裾はがっちり掴まれており、起きたくないという意思表示にも見て取れる。その瞬間、プツンとセシリアの中で何かが切れる音がした。


「いい加減に……しなさぁぁあああい!!」


もはや中身も一緒に転がり落ちればいいというぐらいの勢いで、セシリアは掛け布団を渾身の力を入れ持ち上げた。
「うわっ」と掠れた情けない声が布団の中から漏れ聞える。若干肩で息をしつつも、セシリアは戦利品とも言える掛け布団をポイっと横に投げ捨て、布団の上で縮こまっている人物を睨みつけた。

手触りの良さそうな長く赤い髪が白いシーツの上に広がり、白い夜着からは透けるような肌が視界に映り込む。
目を懸命に瞑り、膝を抱え込んで何とか抗おうとする姿は、子供がやれば愛らしくも見えるが、自分より身体だけでなく年齢まで上の男にされても何ら心に響いてこない。それどころか、自分ならば気持ち悪くは見えない、とわかってやっていそうで、少しイラっとすらする。


「……ええ、ええ。わかりました。師匠がその気なら私にだって考えがありますからね。この後の事は、どうぞお一人でなさってください」


そう言って部屋を出て行こうと身を翻したセシリアの腕を大きな手が掴み、セシリアを引き止めた。


「ごめんごめん。待ってよ、セシリア。そんな事言わないで」


ぞわぞわとする程体に響く甘い声に、セシリアは無意識に小さなため息を一つ溢した。
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