英雄は愛のしらべをご所望である
「すぐに起きない師匠がいけないんですよ?」
「うんうん、わかってるよ」


小さな子に言い聞かせるようなセシリアの口ぶりに反発することなく、ラルドはコクコクと頷き返す。
起き上がり、ベッドの上に胡座をかいているラルドの姿は、起き抜けだというのに美しく、それでいて妖艶だ。見慣れているセシリアですら、何だか見てはいけないものを見ている気になってくる。


「今日はいつもと違うお仕事なんですからね?」
「ああ……うん。そうだったね」


僅かに表情を曇らせたラルドに、セシリアは首を傾げた。

今日、ラルドとセシリアは夕方から王都の貴族屋敷が集まる一角にある伯爵家に訪れる事になっている。なんでも、その伯爵の娘の誕生パーティーが開かれるらしく、ラルドの評判を聞きつけた娘がラルドに会いたいと言ってきたそうだ。
なので、今日はエデンでの仕事はお休みし、伯爵家へと訪問することになっている。


「あまり乗り気じゃないんですか?」


楽器を演奏する者の多くは、貴族や金持ちに気に入られて成功する。お抱えの演奏者に選ばれれば、音楽だけで食べていけるだろう。
そういう点から考えれば、貴族の屋敷に呼ばれるということは、大変名誉な事であり、チャンスでもあるのだ。一般的な演奏家ならば、踊り出すほど喜ぶに違いない。

しかし、ラルドは一般的な演奏家とは少し違う。昔は多くいたと言われる『吟遊詩人』に近く、各地を転々と渡り歩き、主に酒場などで唄を歌う。
そのため、女性に間違えられるくらい線の細い身体をしているが、武術を嗜んでおり、意外と強い。

セシリアは吟遊詩人を目指しているわけではないけれど、ラルドの唄もハープも好きだ。そして、生活は少しだらしないけれど、ラルドの生き方も尊敬している。
だから、今回の話を引き受けたと聞いた時、驚きはしたが、乗り気なのだとセシリアは思っていたのだ。
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