英雄は愛のしらべをご所望である
彼の本心は
セシリアの抱いた疑問はすぐに解決されることとなる。
誰もいないと思っていた庭の先から、靴音と微かな人の声が聞こえてきたのだ。徐々に大きくなる声が、近づいてきていることをセシリア達に教えてくれる。


「さすがはフィスチーク伯爵家。娘一人の誕生会に凄い客数だな」
「数だけじゃない。招待客の業種も様々だ」


男達の軽い口調が静まり返った空気を震わせた。セシリアはもう暴れるつもりはない、と振り向く素振りを見せてウィルに伝える。
意図が伝わったのか、ウィルはセシリアの口を覆っていた手とお腹に回していた腕を解いた。セシリアの身体がふっと軽くなる。

セシリアは生垣の上から目元までを覗かせ、声のする方へと視線を向けた。
帯剣をしている男達は、セシリアが見たことのある騎士服とは少し異なる衣服を身に纏っている。この屋敷の玄関先などにもいた警備員として雇われた者だろう。

サボりなのか巡回中なのかはわからない。それでも、控え室にいるべきセシリアが見つかるのはよくない、ということは理解できた。
すーっと静かに身を沈めたセシリアは、振り返りウィルと向かい合うと、ぺこりと小さく頭を下げる。

感謝の意を汲み取ったウィルからは、呆れの混ざった、それでいて優しい眼差しが返ってきた。まるで悪さをした妹を見ているようだ。

なんだか懐かしい感覚がセシリアの胸にじんわりと広がっていく。幼い頃に戻ったような気がした。

孤児院の子供達と共にちょっとした悪さをして、大人に怒られて、半べそをかいているセシリアに、ウィルはいつも似たような眼差しを向けてきた。
大人と同じように叱るわけでもなく、だからといって慰めてくれるわけでもない。それでも、悲しみが消えるまで隣に付き添ってくれる。その優しさがセシリアには心地よかったのだ。
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