英雄は愛のしらべをご所望である
「ほら、立て」


再びセシリアに伸びてきたウィルの手は、否応無しにセシリアを立ち上がらせた。


「あまり一人で出歩くな。敷地内とはいえ、見つかったら何をされるかわからないぞ」
「あ、うん。ごめんね」


そこでやっとセシリアは貴族の誕生会に来ていたことを思い出す。あまりにも衝撃的な事が起こりすぎて、この場所がどこか頭から抜け落ちていた。
そして、一番最初に抱いた疑問を思い出す。


「……そういえば、ウィルはなんでここに?」


誕生会に呼ばれたということはわかった。しかし、そうなればウィルは招待客である。こんな裏庭にいていいはずがない。

セシリアの質問を受けたウィルは、平然とした表情で口を開く。


「慣れない空気に一度会場を出たら、廊下の端をちょこちょこ走り抜ける人物を見つけてな」
「あぁ……なんか、ごめんね」


結局、この件もセシリアが悪いという訳である。


「早く戻らなきゃいけないんじゃない?」
「ーーもうパーティーは終わりだよ」


セシリアの言葉に返答したのはウィルではなく、庭の入り口に立つラルドだった。
セシリアは抜け出したことがバレたと表情を歪める。そんなセシリアにニコリと美しい笑みを向けながら、ラルドは二人の元に近づいてきた。


「控え室に行ったらいないから探したよ」
「申し訳ありません、師匠」


素直に頭を下げたセシリアから、隣に立つウィルへと視線を移したラルドは、挨拶をするように軽く頭を下げた。


「はじめまして、ラルドです。先日はご来店ありがとうございました」
「ウィルと申します。こちらこそ素晴らしい演奏に大変感激いたしました」


美男子二人が笑顔で語り合う姿は、まるで一枚絵のようである。セシリアは思わず一歩引いて、二人の様子を眺めていた。
しかし、和やかだと思われていた雰囲気に僅かながら亀裂が生じ始める。

< 39 / 133 >

この作品をシェア

pagetop