英雄は愛のしらべをご所望である
騎士は黙って剣を振る
剣が空気を切り裂き、ブンッブンッと凄まじい音が辺りに響く。額に浮かぶ汗が首筋に流れ落ちても一切乱れることのない剣筋は、彼の集中力の高さを物語る。

手のひらに感じる圧、腕から伝わってくる重みや振動。それらに神経を研ぎ澄ませ、足を前後に動かす。

円をかたどるようにたてられた柵の外側は通路となっていて、言葉を交わす者や円の内側に視線を向ける者、無関心な者と様々だ。けれど、十名程が余裕で剣を振れる広さがあるというのに、彼らが円の内側へと足を踏み入れることはない。
円の中でひたすら剣を振る黒髮の男、ウィルと関わりたくないからである。

ウィル自身もそのことはわかっているため、決して練習相手を頼むことはなかった。関わると面倒なのはお互い様ということだ。
それでも、ごく稀に声をかけてくる輩がいる。


「ずいぶんと熱心なことで」
「そりゃそうだ。なんたって黒き英雄の再来なんて言われてんだから。昨夜は貴族様の屋敷にお呼ばれされていたようだし、顔を売りながらも実力を落とさないようにするのは大変だよな」


くくくっ、と不愉快な笑い声が訓練場に響き渡る。
大抵が冷やかしなので、ウィルは全く相手にしない。それに腹を立てて、聞くに耐えない言葉を吐き続ける者も少なくないが、決して柵の内側には入ってこないのだ。


「そんなに言うのなら練習相手を務めてあげては?」


刃の潰れた練習用の剣を手に、ひょっこりと現れたのはシルバだ。
シルバは、よろしければ剣をお貸ししますよ、と言わんばかりに手に持っていた剣を男達に差し出した。男達は目を泳がせ、若干身を引く。


「いや、今回は遠慮しておく」
「そ、そうだな。俺たち巡回があるから」


そう言って、男達は素早く訓練場を出て行った。
そんな一応同僚と言うべき男達の情けない姿に、シルバは溜息を落とす。


「……剣を振るわけでもなく、訓練場に足を向ける時点で暇だろうに」


ウィルの実力は先の戦で立証済みだ。『黒き英雄の再来』と言われる理由が、髪と瞳の色が黒い、ということだけのはずもなく、騎士達もウィルの実力を知っているからこそ、訓練場では関わりを持とうとしないのである。

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