英雄は愛のしらべをご所望である
謎の客?
「……それで、貴方はそこでなにを?」


問いかけるセシリアの声色は、明らかに不審者に対するものだった。

店の裏庭を囲む塀の外側には、台車がギリギリ通る程の細道がある。
エデンのある地域は、少し商店街から離れたところにあるものの、店や家が多く建ち並ぶ活気ある場所だ。主に馬車が走れる大通り沿いに店が、細い脇道に民家が建っている。

そのため、細道を通るのは大抵住民で、顔馴染みが多いのだ。セシリアだってご近所様の顔や声ぐらいは把握している。
しかし、相手の声は耳馴染みのないものだった。セシリアが警戒するのも無理はない。

セシリアの質問へ答えるかのように、視界の端で帽子の先がピョコピョコと動く。


「探し物をしていてね。エデンという店はここであっている?」
「あ、はい。お客様でしたか。それでしたら、入り口は大通り沿いにありますので、そちらからお入りください」


ただの迷子だったか、とセシリアがホッと息を吐いたのもつかの間、その男は「まぁ、お客と言えばそうだけど……」と言葉を濁し、塀の上から覗きこむように身を乗り出してきた。
思わぬ行動にセシリアはギョッと目を見開く。


「ちょっ!?」
「この店に『英雄の唄』が上手い歌い手がいるって聞いて来たんだけど」


そう言ってふわりと微笑んだ男の笑顔があまりにも色っぽすぎて、セシリアはぶるりと身を震わせた。
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