英雄は愛のしらべをご所望である

セシリアは駆け足そのままに、勢いよくウィルへと突撃した。

ぼふっという衝撃音と共に、セシリアの口から漏れた「あうっ」という僅かなうめき声は賑やか周囲の音にかき消されていく。
ただ、勢いのわりにセシリアが受けた衝撃は軽かった。


「悪い」


頭上から降ってきた声にセシリアは顔を上げる。若干鼻先が痛むが、そんなことなど言ってはいられない。
自分を受け止めたのがウィルだった、と思い出してからの数秒、セシリアはウィルに抱き止められている形のまま固まった。


「大丈夫か? ハープも」


反応しないセシリアの顔を覗き込もうと、ウィルはセシリアを引き離すため両手でセシリアの腕を掴んだ。
腕から伝わってくるウィルの体温や痛みを感じさせないよう加減された力の入れ具合、不思議そうに覗きこんでくる黒い瞳。

それらを目の当たりにしてセシリアが正気でいられるはずもなく、ぱちぱちと瞬きをすること数回、セシリアはハッと我に返ると、ウィルの胸を片手で押し、慌ててウィルと距離をとった。


「う、うん。大丈夫!」


冷や汗が止まらないのを隠し、セシリアはハープを確認するふりをして、いつも通りを意識しながら笑いかける。

自分は小さなことで一々動揺しているというのに、ウィルは顔色ひとつ変わらないのだ。
わかっていたことではあるが、ウィルのセシリアに向ける感情がセシリアの抱くものと全く違うということを突きつけられた気がした。


「それより、急に止まってどうしたの?」
「いや……行くか」
「え、あ、うん」


セシリアは意味がわからないと首をかしげつつも、歩き始めたウィルについて歩きだした。

沈黙の時間が二人の間に流れる。
決して無言が苦手なわけではない。ウィルなんて特に無口な子供だったので、沈黙はある意味慣れっこなくらいだ。けれど、セシリアにとっては貴重な時間である。無駄にするつもりはなかった。
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