英雄は愛のしらべをご所望である

ウィルは一瞬驚いたように目を開くと、すっと口元を手で隠し、セシリアから顔を逸らす。

ハープを抱え、自分の後を追ってくるセシリアの姿が、先程までは記憶にある幼いセシリアと被っていたはずなのに、今、目の前にいるセシリアは記憶のどこにもいない。

笑う声は周りを気にしてか少し控えめ。けれど、表情は明るく楽しそうで、少し昔の面影がある。
だけど、よく見れば、艶やかな白銀に近いプラチナブロンドも、うっすらと施された化粧も、丸みを帯びた女性らしい体型も。

自分の知らないセシリアがそこにいて、ウィルはなんだか少し落ち着かなくなった。


「そろそろエデンね」


セシリアの声でハッとウィルは我に返る。視線の先には、セシリアの住むエデンが見えていた。


「送ってくれてありがとう」


名残惜しさを感じながらも、セシリアは先に別れの挨拶を切り出した。
これも、昔ならばセシリアが駄々をこね、ウィルが追い払うようにして別れるのが定番だった。だが、せっかく女性扱いをしてくれたのに、ウィルにカッコ悪い姿を見せたくない。内心がどうあろうとだ。


あっという間に店の前に着く。もうすぐ閉店の時間を迎えるエデンの店の前には、ちらほらと客の姿もあったが、誰も二人のことを気にかけてはいなかった。
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