英雄は愛のしらべをご所望である


途端にセシリアは安堵にも似たため息を溢す。


「ママレードはどうしたんですか」
「もう全部食べた」
「だからって私の! もう、師匠は本当に大人ですか?」


怒った口調のわりに、セシリアの表情は明るい。
ウィルを見れたことで機嫌がいいのもあるだろうが、呆れすぎて怒りが笑いになってしまった。そんなかんじだ。

ラルドはそのままドーナツを口にする。
「うまい」とラルドが言えば、セシリアは「でしょう?」とどや顔で笑いかけた。

これは二人の関係性だからできることだ。
セシリアだってラルドじゃない他者とこんなやり取りはしないし、全力で拒否するだろう。ラルドもそのことは重々理解している。

普通ならば、二人のやり取りは年の差はあれど、男女がくっついてイチャイチャしているようにしか見えないーーそれもラルドは理解していた。

ラルドはすーっと視線をセシリアから外す。そして、そのままある場所へと目線を向けると、目を細め、口角をうっすら上げた。
それはまるでほくそ笑んでいるよう。

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