昼下がりの情事(よしなしごと)

和哉は自分の左手薬指と、美咲の左手薬指を見た。そこには、挙式で交換したカルティエの結婚指輪「バレリーナ」があった。

和哉のはシンプルなプラチナで、美咲のはそれにメレダイヤが半周取り巻いている。
優美にカーブしたデザインは、二人の細長い指をさらに長く見せた。

美咲は結婚しても派遣の仕事を続けているので、変なのが目をつけやしないか気が気ではない。

……この結婚指輪が、魔除けになればいいのだが。

しかし、和哉の方も、この結婚指輪の御利益で、突然「好きです!」と告白されることはないだろうな、と思っていたのだが。

……甘かった。

出先から帰社して、自販機前のベンチソファに腰掛け、買ったユニマットのコーヒーを飲んでいたときだ。

突然……そう、あれはいつも突然やってくるテロのようなものだ。

「……魚住さん、ずっと好きでした……そのカルティエの結婚指輪と時計……素敵過ぎて……セクシー過ぎます……奥さんがいてもいいです……」

総務の、名前もおぼろげな子だった。

「あたしっ、日陰者でもいいですっ!」

……そっちがよくても、こっちがよくねぇんだよっ⁉︎

もちろん、丁重にお断りした。


そんなふうに美咲が婚約指輪のお返しにくれたカルティエの黒のタンクMCは、すっごく評判がいい。だから、ロレックスのディープシーと交互で使用していた。

実は、佳祐が和哉のを見て気に入り、色違いで買おうかな、と思っていて、今度のボーナスが出た暁には、晴れて和哉とペアルックになることを、このときの和哉はまだ知らない……

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