不器用な僕たちの恋愛事情

三週目水曜日の放課後。

晴日は竜助を伴って、一年の美空のクラスにやって来た。これから涼の見舞いに行くためだ。

「美空!」

教室の前側の入口から、晴日と竜助がひょっこり顔をのぞかせる。

派手な男子の登場に一同視線を注いだ。

女子の黄色い悲鳴にも似た声に、晴日は手を振って応えるが、竜助は仏頂面で腕を組んだまま突っ立っている。仏頂面だが、怒ってるのでも機嫌が悪いのでもない。

二人はこの学校でも有名人だった。

クォーターで先祖返りした風貌の晴日と、涼やかな面立ちとオレンジ色にカラーリングされた髪の竜助のコンビは、本当に公立高校の生徒で良いのかという疑問を持たせるが、校風がゆるい上に、どちらも学年五位以内の成績をキープしているため、教師たちも見逃している。

そして何と言っても、Angel Dust、通称A・Dのギターとドラムの二人だ。この高校でも彼らのファンは多い。

名指しされた美空は、そそくさと帰り支度を始めるが、二人の訪問の理由を知りたい女子が囲み始めた。

その光景を、と言うよりも晴日の登場に、快く思わない視線がひとつ。

昨夜、美空と一緒だった男の登場で、珍しく人前で不快を表した十玖に、目敏い晴日が気が付いた。

つかつかと近付く晴日。それを見上げる十玖。

「なに睨んでるんだよ」
「別に。うるさいと思っただけですけど」

即答した十玖にクラスがどよめいた。

ワンフレーズ以上の返答を聞いたのは、皆初めてだったのだから無理もない。しかも即答で。

美空も唖然としていた。

教室では、たとえ幼馴染が相手でも最低限の会話が常だ。ましてや面識など殆どない筈の相手にワンフーズ以上の返答をするなんて、青天の霹靂と言わんばかりの驚きである。

「あんた熱あるんじゃない!?」

中でも一番驚いているのは、苑子だ。

本気で心配して、額に手を伸ばした苑子の手をやんわりと退ける。その間も晴日と十玖の視線は絡み合ったままだ。

美空は昨夜の十玖を思い出し、気のせいじゃなかった事を確信した。

(やっぱお兄ちゃん恨み買ってるんだ)

でなきゃ十玖のこの反応の説明がつかない。

(何やらかしたのよ馬鹿)

心中で毒づきながら美空は立ち上がった。

これ以上、十玖に絡んで厄介なことになる前に、退散したほうが良い。

美空は自分が原因だとは知る由もない。なにせ当の十玖が、ムカつく理由を知らないのだから。

「お兄ちゃん! 帰ろっ」

十玖は、足取り荒く竜助の元へと歩く美空を一瞥し、晴日に目をくれる。

「お兄さん……?」

あれ? と言わんばかりの拍子抜けした顔に、動物的カンの良さで晴日はニヤリと笑う。すっと身を屈めて、十玖に耳打ちした。

「美空に惚れてんの?」

一瞬、何を言われたのか理解できず、マジマジと晴日に見入り、数秒遅れて真っ赤な顔をした十玖が椅子から転げ落ちそうになる。それを晴日が胸ぐらを掴んで阻止したが、さらに追い打ちをかけた。

「お前にはやんねぇよ」

鼻で笑って手を放した晴日は、「お騒がせ~」と周囲に愛想を振りまきながら、これみよがしに美空と肩を組み、十玖に一瞥をくれて教室を出て行った。それを茫然と見送る十玖。

(……そっか)

腑に落ちた。

きっとあの時に堕ちていた。

初めて出会ったあの日。気になるのは、後ろめたさのせいじゃなかった。

「そうなんだ」

言うともなしに呟いた口を覆う。

らしくもなく狼狽してしまった十玖に、嘲笑をくれた晴日。

まだ真っ赤な顔をした幼馴染に、苑子は眉をひそめた。

「何がそうなんだか知らないけど、今日はもお帰んな。部長には言っとくし」

あまりにいつもと違う十玖に、心配を通り越して怖さを感じ始めた苑子は、彼に荷物を手渡し、背中を押して追い立てる。そこにもうひとりの幼馴染、太一が二人を呼びに来たが、「十玖は急病」と言いながら太一を引っ張って教室を出て行った。

取り残された十玖は、奇異なモノでも見るようなクラスメイトの注視に、何事もなかったようにポーカーフェイスを決め込んだが、内心ドキドキしていた。

気付いた、と言うより気付かされた。と同時に、難関が立ちはだかっている事に思い至り、一気に血の気が引く。

思い切り牽制された。そりゃそうだ。

しかも弱みを握られた感がある。

(ケンカ売ったよな……多分)

美空の兄に対して、意識せずに睨んでいたようだ。

昨夜も今日も、晴日にどうしようもないくらいムカついた。

(お兄さんとかって、そんなのアリかよ)

幸先悪い晴日との出会いはダメージ大。

気付いたから即美空に告白、なんてそんな大それた事、スキルが高すぎて絶対無理だと思えるのに、しかも美空には嫌われているかも知れない。更に晴日に牽制されたら、救いようがない。

後日、それは現実味を帯びていく。

晴日の日参は朝、昼休み、放課後に及んで、無言の圧力を掛けていくこととなり、十玖はしばらくの間、奇異な行動によってクラスメート達を恐怖に落とし込むのであった。




帰宅する生徒たちで賑わうバスの中、座らせた美空にカバンを預け、脇に立つ晴日と竜助の姿があった。

涼の入院する病院までバスで十五分強。交通状況によってはそれ以上かかるかも知れない。

晴日は、先ほどの小憎らしい後輩を思い出し、眉をひそめた。それを傍から見ている竜助は、毎度のことに苦笑する。

「美空。さっきの何て奴?」

さっきまでブスくれた顔をしていた晴日の唐突な問いかけに、美空は間抜けた顔で応える。

「睨んできた奴」
「ああ……三嶋? 三嶋十玖」
「どんな奴?」
「どんな奴って……無表情。無口。協調性なし。そのくせ女子には人気あるけど、何考えてるか分かんないからあたしは苦手」

これまでの十玖の視線を思い出し、美空はムッとする。

「あいつが無表情? いい面構えしてたけどな。ケンカ上等みたいな」
「そんな気概のある奴とは思えないけど。デカイだけで、ケンカ弱そうじゃない?」
「いや。結構、胆座ってる。胸ぐら掴んだ時、眉一つ動かさなかったし、鍛えてるぞアイツ」

掴んだ瞬間の手に伝わってきた筋肉の質感。

本能に囁きかけてくるような高揚感。

「ああ。昨夜走ってたの三嶋だよ」

そう言えばと言った体で美空。

「あれがアイツか。フットワーク良かったよな」
「なんだ晴。奴が気に入ったのか?」

晴日の食いつきぶりに、長年の友は察するものがあるのだろう。

竜助はニヤニヤと笑っている。それにニヤリと笑って応える晴日。

「まあ面白そうだとは思ってるよ」
「うっわ。嫌な性格だねえ。くうちゃん。コレさっさと片付けないと、一生独身だよ」

竜助の含みのある言葉に気付きもせず、美空はケラケラ笑って、

「そん時は竜ちゃん貰ってよ」
「それって俺が結婚出来ないって前提じゃね?」
「音楽バカの竜にうちの大事な妹はやらん!」
「お前が言うな。音楽バカはお互い様だ。このシスコンが」
「シスコン上等。美空は可愛いだろ」
「くうちゃんは可愛いけど、お前はおかしい」
「どこがだ」
「ちょ、ちょっと二人共。恥ずかしいんだけどっ」

話がだんだん変な方向にズレ始め、聞き耳をたてていた乗客たちがクスクス笑ってる。中にはスマホでこの掛け合いを録画している女子もいた。

ほっといたら、SNSにまたしょうもない画像映像がアップされるのだろう。それを見越した晴日が、撮ってる女子たちに手を振りながら愛想を振りまく。

「制服で学校バレるからアップしないで、個人で楽しんでくれな」

撮るなとも消せとも言わない。

事務所が絡むとめんどくさい事になるのだけれど、仮にアップされてもスキャンダルにならない様に、これでも気を付けているのだ。

「お兄さんたち有名人なの?」

唐突に、美空の後ろに座っていた初老の女性が、尋ねてきた。三人を見回しながら怪訝な顔をしてる。

A・D営業担当の晴日がにっこりと笑って答えた。

「これでもミュージシャンなんですよ。たまにテレビも出てますけど、深夜枠なんで、聴いてもらえる機会があったら嬉しいんですけど」

「あらま、そうなの。ごめんなさいね。あ、あの。孫が知ってるかも知れないので、一緒に写真撮って貰って良いかしら? 」

「ははは。いいですよ」

女性が差し出したガラケーを美空が受け取り、女性の脇に晴日、後ろに竜助が立つとシャッターを切った。

派手だが、イケメン二人に挟まれて映るご婦人の顔は、ご満悦だ。

当然、自分たちもと周りが騒ぎ始めたが、病院前に付くところだったので、丁重に断った。

降り際、女性を振り返り、「お孫さんにヨロシク」と手を振って、三人はバスを降りた。

バスが出るのを見送って、晴日は大仰に溜息をつく。

「お疲れ」

二人の苦笑混じりの慰労の言葉に小さく頷いた。

晴日は丁寧なものいいが苦手だ。普段、べらんめえだから気持ちが疲労困憊する。

が、復活はすこぶる早い。

「どれ。涼のとこ行くぞ」

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