不器用な僕たちの恋愛事情



 一番面食らったのは、A・Dたちだ。

 筒井に話した翌日、謙人自ら報告があり、全員が愕然とするなか本人は至って平然としたもので、その数日後、
新聞沙汰になっていた。

 センター試験前の追い込み時期と言うのもあるが、マスコミ防止のため家から出られない謙人に会うのに、A・Dたちは音楽室に集まっていた。

 渡来邸の前に蔓延(はびこ)るマスコミを振り切って、這う這う(ほうほう)の体で辿り着いた四人を労うと、謙人は佐保を紹介した。

「フリーの振りして一番クセ悪いんじゃね?」

 佐保の事をずっと隠されていたことが面白くないらしい。晴日はぶすっくれた顔だ。

「だからごめんって。一度佐保に逃げられてるから、紹介するにもねえ」
「逃げられるような事しちゃダメでしょ」
「クーちゃん。抉るね」
「ちゃんと仲直りしたんですよね?」
「したから安心していいよ」

 謙人が子供をあやすように美空の頭を撫でると、彼女は佐保に満面の笑顔を向けた。

「美空です。あのぶすっくれた金髪ヤローの妹で、A・Dの専属カメラマンしてます。これまでの謙人さんの秘蔵写真のご用命が有りましたら、いつでもどおぞ」

 何のてらいもなく手を差し出す美空に、少し戸惑い気味の佐保が握り返す。

 美空は、ふふっと笑い「お姉ちゃんが出来たぁ」と十玖を振り返ってピースする。また佐保に向き直り、握った手を胸元に引き寄せた。

「今までむっさいのばっかりだったから、嬉しいです」
「え、ちょっ。美空。その中に僕も入ってる?」
「……。大好きよ十玖」
「僕も大好きだけど、それって微妙に答えになってないんじゃ」
「出たよ。バカップル」

 竜助が抱えていたクッションを投げてくると、十玖がアタックで返した。さすがの反射神経だ。

「ねえ謙人。彼って女装の彼?」

 クリスマス・ライヴで触れていた話題を思い出したらしい。

 十玖は固まり、美空は「写真見ます?」とスマホのフォルダーを開く。

「うっそ。キレー」

 マジマジと十玖を見、ほうっと吐息を漏らす。

 十玖は両手で顔を覆い、「もっと筋トレしてやるぅ」と嘆きの声を上げた。

「顔は筋トレじゃ変わらんだろ」

 晴日が至極冷静に言って、十玖はキッと睨み返した。

「女装が似合わなければ良いんです!」
「それで止める方々かあ? ラスボスはあのお母さんだろ」

 いつの間にか、ハロウィンの事までA・Dにバレていた。

 もちろん情報元はそのラスボスしかいない。

 中三で身長が一気に十五センチ伸びた時には、ようやく解放されると嬉々としたのに、母にとってはそんな事、気にもならない些末事だった。

 線がまだ細く、体が出来上がっていない十代だ。幾らでもまだ弄り甲斐があるというもの。

 目がどんよりと漂う十玖の頭を美空が撫でてる。

「佐保。その話題はライヴ前禁止だからね。使い物にならなくなると困るから」
「分かった。気を付けます」

 コクリと大きく頷く。

「で。これからどうなんの?」

 竜助が、伸びをしながら謙人に訊いた。

 謙人は真面目な面持ちになり、メンバーを一人一人見渡した。

「騒ぎになって申し訳ないんだけど、A・Dを辞めないためにも協力して欲しい。大学卒業までの期限を切ってきたんで、それまでに俺らの事務所を立ち上げようと思う。父や兄とも話して、系列で音楽部門を新たに創立する方向も考えてる。ただ、今はじいさまに内緒なんで、そこんとこヨロシク」

 若さ故、先の事をあまり深くは考えていなかったが、今回祖父に言われたことを謙人なりに考えた。

 音楽をずっとやっていくつもりでいるけれど、この先も変わらずなんて思っていない。必ず衰退して行く日はやってくる。

 どこかの折に、楽曲を提供したり、事務所を立ち上げ、若者を育成するのも珍しい事じゃない。

 ならば早いうちにやってしまうのも悪くないと思った。

 自分には経営のプロが味方にいる。師事を仰ぎながらこの四年間でモノにするつもりだ。

 両親や兄は、遅くに出来た謙人に甘い。

 それでも一企業の代表である以上、浅知恵な提案であれば却下されただろう。

 相続や譲渡で株を受け取るのではなく、個人でまず渡来の株を買う事から始めるつもりであることを話した。どの程度の株主になれるのかは、未知ではあるが。

 それで自分の気概を分かって貰うつもりでいた。

 まず土台作りから始め、将来的には全員に音楽事務所の株主になってもらうつもりでいる。

 そこまでをざっと話すと、佐保が「ちょっといい?」と手を挙げた。

「謙人個人のとは別に、A・Dの名前で株を共同購入して、その配当を事務所設立に充てたら? ダメ?」

 佐保の提案に一同注視した。

「少しずつでも渡会に食い込んでいった方が、おじいさまも存在を無視出来なくなると思うのよ。で、当然私もその共同購入者になるわ」

 最高のイタズラを思いついたかのように、佐保の笑顔がキラキラしている。

 唖然と見つめるA・Dと美空。

 さっきまでの大人し気だった佐保はもういない。

「一株幾らかな? 渡来の株って何株からなの?」

 謙人以外で、高校生の彼らに株を買うという発想は全くなかった。

 知識がなくても、株を買うには “それなりに纏まった資金” が必要な事くらい知っている。

 しかしここにいる高校生たちは、“それなりに纏まった資金”を持っているわけで。

 謙人から聞いた情報を元に、佐保がざっと計算して、一人あたりの出資金を算出する。

「どう? イケそう?」

 得意満面の佐保。

 謙人はいきなり大爆笑した。ひぃひぃ言いながら涙を拭いて、

「やっぱ佐保だわ」
「何?」
「じいさま封じは佐保に限るよね。実の孫より、佐保の方がお気に入りだし」

 謙人はお腹を摩りながら、「どうする?」とみんなの意見を聞く。

 年長者三人には今までの貯蓄と印税があるが、問題は年下二人だった。

「この金額だったら二百株まで僕はいいですよ。どうせ使い道のないお金だし」

 あとは美空だ。

 A・Dとは収入が違う。

「毎月二百はツラいけど、最初の二百ならイケる。それでもいい?」
「なら次回から美空の足りない分、俺が補填する」

 ここはお兄ちゃんだ。

 ニッと笑って、可愛い妹にサムアップする。

「オッケー。最低持ち株数は一人一パーセント。A・D全体で六パーセント目標。その後は追々ってことで」

 手を打って場を締めた謙人に、「たった一パーセントなの?」と美空が訊いた。

「総株数の一パーセントって言ったら、結構な金額だよ。一パーセントでもバカにしないこと。いいね?」
「わかった」

 一パーセントの価値が分かっていなかった美空は、気を引き締めるように頷いた。

 美空の頭を撫でながら、

「私事に巻き込んで悪いね」
「謙人抜けられたら困んじゃん。俺が」
「そおそ。A・Dの長男いなくなったら、誰が晴を止められる? コイツ絶対ぇ俺のいう事なんて利かないし」
「みんな謙人さん好きなんですよ」
「…十玖は好きってさらりと言うなぁ」
「本当の事ですから」
「クーちゃんにはなかなか言えなくて、拗らせてたとは思えないね」
「謙人さん!」
「まあ今その分言い捲ってるよね」

 にやりと笑って十玖を弄ってる謙人だが、実は結構照れていた。

 必要とされている事をひしひしと感じさせてくれるこのメンバーが好きだ。

 佐保はそんな謙人を見て、嬉しそうに微笑んでいた。


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