不器用な僕たちの恋愛事情


 事故の状況を筒井が話しはじめる。

 下の方になってしまった八人が、救出の甲斐なく圧死した。骨折などの重傷者は十三人、軽傷は十玖たちを含めて二十一人と、合計四十二人が被害に遭った。

 高本総合病院にも救急搬送せれて来ているらしい。亡くなった人の中に、同じ高校の生徒も含まれており、痛ましい事故はニュースにもなっていた。そしてA・Dの事も報じられ、対応で筒井がすぐに来られなかったことを詫びた。

 防犯カメラに犯行の一部始終が写っていた。そして逃げる様子もだ。

 美空と同じ制服。

 十玖は、ああと思う。

 見間違いなどではなかった。テレビの画像でははっきりと顔を映し出してはいないが、間違いなく彼女だと分かった。

「…狙いは、美空だ」

 全員が十玖を見た。美空は目を見開いたまま、硬直する。

「原因は僕」
「……」
「ずっと僕に付き纏っていた。筒井マネは会ったことあるよ、彼女に」

 美空と同じ制服を着ていて、筒井と接触したことのある人物など、たかが知れている。

「高橋さんの娘さん? 子供の時からトークのファンだったって子?」
「そう。美空と別れろって。美空に嫌がらせしていたのも、たぶん彼女」

 無機質な眼差しで突き飛ばした彼女の心理状態は、一体どんなものだったのだろう。

 無差別で攻撃するほど、彼女は美空を憎んでいた。もしかしたら十玖の事も憎く思っていたかも知れない。

 憎しみは、赤の他人を巻き込んでも仕方ないくらい、そこまで切羽詰まっていたのだろうか?

「僕のせいで…人が、亡くなった」
「と…トークのせいじゃないわ! トークだって被害者じゃない!」

 筒井が否定した。十玖は目を伏せて、首を振った。

「でも僕が美空と別れてたら、あの人たちは死ななかった。美空だって怖い思いしなかった」
「ならあの状況で、お前は美空を見捨てられたか!?」

 晴日に恫喝された。

 美空に子供が出来たと思って嬉しかった。自分でやった事なのに、危険だからって堕ろせなんて、言えただろうか?

 別れるなんて言えただろうか?

 右手で包んだ拳を額に押し当てる。

「…無理だ。絶対そんな事出来ない」
「だろ。言ってもしょうがない事言うな。こおゆー奴は自分のものになるまで続けるさ。美空と別れて、そいつと付き合えたか?」
「殺されたって無理」

 実際、殺されかけた。

 冗談にならん、と謙人が十玖を小突く。

「亡くなった方には申し訳ないけど、お前たちが生きてて良かった」

 謙人の本音だ。

「お前たちいなくなったら、俺、再起不能よ?」

 親友に去られ、仲間に死なれたら、音楽を続けられないどころか、生きるのも嫌になっていたかも知れない。

 十玖の肩を抱いて、あやすようにポンポンと叩く謙人。

「自分を責めなくていい。これは十玖の責任じゃない。彼女はたくさんある選択肢から、これを選んでしまった。彼女の選択を十玖が気に病んだって、彼女が気が付かなければ、何も変わらない。自分が変えられたかもとか驕るな。彼女の人生は彼女のものであり、他の選択をしなかった彼女の責任だ。お前はそれに巻き込まれただけだ」

 何か一つ掛け違えただけで、人生が全く違うものになる。全く知らない相手の人生が変わる事だってあるのに、その全てに責任の取れる者なんていない。

「まずお前たちがするべきことは、元気な様子をファンに知らせる事だろ?」
「……はい」

 謙人はカメラアプリを起動し、三人に並ぶように指示した。

 カラーを付けた三人の写真とコメントをUPすると、すぐファンのコメントが反映される。次から次へと引っ切り無しだ。

 その中に、犯人が逮捕されたことを喜ぶコメントがあった。



 十玖と美空が有理に呼ばれて保健室に行くのを見かけ、後を追った。

 三人の話を盗み聞き、確信に触れるようなフレーズはなかったが、有理と美空が病院に検査に行く話と、二人が退学するかも知れないと聞いて、直感した。

 十玖が美空の為に、間違った決断をするなんてあってはならない。

 まだ彼の足を引っ張るのか?

 許せなかった。

 許しちゃいけないと思った。

 当たり前のように十玖の隣にいる美空が、憎らしくてしょうがない。

 美空さえいなくなれば、すべてが解決する。

 最初は寂しがるかも知れないけど、いずれ美空のいない事に慣れて、こちらに目を向けてくれるはず。

 十玖の為に、お腹の子と死んで身を引いてくれなら、この先もずっと感謝してあげる。

 きっと自分が十玖を幸せにしてあげるから。

 誰だか知らない人の背中を押した。

 巻き添えにすることに、微塵の躊躇もなかった。

 面白いように他人を巻き込みながら、前へ前へと倒れて行く。

 美空を庇った十玖がこちらを見て、目が合った。

(まだ、この期に及んでその女を庇うの!?)

 十玖も巻き込まれて落ちて行く。

(そんな女、放り出してしまえばいいのに!)

 団子になって雪崩落ちて行く人の群れを眺め、踵を返した。

 騒ぎになっている駅を出て、当てもなく歩き出した。

 すっかり暗くなった街中をふら付いていたら、警官に声を掛けられ、そのまま逮捕された。

 美空が無事だと聞いて、がっかりした。

 どうでもいい人ばかり死んだらしい。

 ああ。凄く残念だ。


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