遠い昔からの物語

東京での五月の空襲以来、わたしは夜なかなか寝られなくなった以外に、防空壕に入れなくなっていた。

東京の家の焼け跡の、ちょうど防空壕があった場所にできていた、あの大きな穴が、どうしても忘れられなかった。

もし、あのまま、あの中にいたら……

実際、安全だと思われた防空壕の中にいて、直撃弾を受けて焼け死んでしまった人や、土砂に閉じ込められて逃げられなくなり生き埋めになってしまった人が、近所にたくさんたくさんいた。

自分も同じように死んでしまう夢を、何度も何度も見た。

以来、防空壕に入るのが、気が狂いそうになるくらい、怖くなった。

空襲警報が発令されて、防空壕に入らないと命が危ない、と思えば思うほど、足が(すく)むのだ。

だから、空襲警報のない日なんてない東京には、いられなくなった。

この地へ疎開してきてからも、なにやかやと理由をつけて、防空壕へは入っていなかった。

だから、このことは、伯父も伯母も廣子も知らない。

一人きりでいる昼間に発令されたときは、台所で縮こまって、ぶるぶる震えながら、恐怖に耐えていた。

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