遠い昔からの物語

◇第十二話◇


サイレンは、いつの間にか鳴りを潜めていた。警報は、解除になっていた。

「警戒警報が鳴り出すと、途端にきみのことが心配になってね。僕がそわそわしだしたらさ」

彼はわたしを抱きしめたまま云った。

「廣子さんが僕を脇へ呼んで、『安藝(あき)ちゃんは夜もなかなか眠れんし、眠ってもよううなされとるけぇ、よっぽど空襲が(いびせ)ぇんじゃろうから、様子を見に行ってほしい』って云うんだ」

廣子は、わたしのことを気づいていたのだ。

「渡りに船だ、と思ってさ。すぐに、うちを飛び出たよ」

そう云って、彼は声を上げて笑った。

「……廣ちゃんのことは、心配じゃないの」

わたしは彼の腕の中で、俯きがちに訊いた。

「だって、好きだったんでしょう」

亡き兄の妻だった時分に恋し、その後、一時は婚約者だった相手だ。

「もしかして……妬いてるのかい」

彼がわたしの顔を覗き込んで云った。
ちょっと愉快そうな声音だった。

カッとなったわたしは、

「だって……わたしの目、廣ちゃんに似ているんでしょう」

顔を上げて、思い切って云った。


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*いびせえ ー 怖い・恐ろしい
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