遠い昔からの物語

◇第三話◇


あれは、おれが海軍兵学校に入学する前年の、中等学校(中学)最後の学年のときだった。

近隣の中学生たちが「県女のマドンナ」と呼んで騒いでいた廣子の姉さんを一目見てやろうと、同級生たちと一緒に県立高等女学校の沿線の路面(チンチン)電車にわざわざ乗り込んだ。

ところが、おれの目を捉えたのは瓜ざね顔の姉さんではなく、その隣の真ん丸顔の廣子だった。

女学校に入ったばかりと思われる真新しくてぶかぶかの制服を着た廣子は、大人たちばかりに囲まれ痛々しく見えた。

吊り輪にやっと手が届くくらいの小さな廣子は、電車が揺れるたびに左右に振られ、よろけていた。

手を差しのべて支えてやりたい、と思った。

だから、本来の目的をすっかり忘れて、廣子ばかりを見ていた。

てっきり、泣きそうな顔で立っているのかと思った。

しかし、廣子の目は、窓の外の流れるように移り変わる景色をしっかりと見据えていた。

その強さを秘めた眼差(まなざ)しは決して、揺らいでいなかった。

そのとき、ふと思った。

……こがぁな女が「軍人の妻」に向いとるんじゃろうな。

おれだけが次の駅で早々(はやばや)と電車を降りた。

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