ライアーピース



「じゃあ、行ってくる」


「うん。気を付けてね?」


陸が施設に入ってから2ヵ月。


また歩夢の単身赴任が決まった。


大きな荷物を持って玄関で靴を履く歩夢。


歩夢は立ち上がるとそっと私にキスをした。


「あー。離れたくないなー」


「子供みたいなこと言わないでよ」


珍しく甘えてくる歩夢。


歩夢は私をぎゅっと抱きしめた。


「歩夢?」


「なあ、若葉」


「なに?」


歩夢はしばらく黙ると、
聞こえるか聞こえないかの
ギリギリのトーンで呟いた。


「・・・もう、
 安心していいんだよな?」


「えっ?」


「若葉はずっと、俺の隣にいるよな?」


弱々しくそう呟いた歩夢の
言いたいことはすぐにわかった。


歩夢は、いつも冷静で私なんかよりも
ずっと大人だけれど、この件に関しては
いくら大人な歩夢でも
さすがに不安だったんだなぁって。


私は歩夢の背中を撫でて言った。


「大丈夫だよ。ずっと歩夢のそばにいるから」


「あいつ、どのくらいお前の中にいる?」


「えっ?」


歩夢はさらにぎゅっと抱きしめた。


陸が、どのくらい私の中にいるかって?


・・・正直、今までと同じ。


歩夢と同じくらい、
陸は私の心の中に存在してる。


だけど私はもう決めたんだ。


歩夢を苦しませないようにって。


「大丈夫。私はもう、陸のことは
 何とも思ってないよ?
 引っ越しの日が最後って
 二人で決めたじゃない」


「でも・・・」


「心配しないで。私はちゃんと、
 前を向いてるから」


楓をあやすように、私は
歩夢の背中をポンポンと叩いた・


歩夢は顔をあげると、
小さく笑ってもう一度キスをした。


「ありがとう。若葉」


「当たり前じゃない。
 私は歩夢のこと、大好きだよ?」


「・・・俺も」


二人でおでこを合わせながら、
私たちは笑った。


今はこうしていることが幸せ。


歩夢がいて、楓がいて、私がいる。


それでいいんだ。
それだけで、十分なんだ。



だから私は、歩夢に嘘をついた。


自分自身の心にも。



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