恋愛ノスタルジー
会わずに帰った暁には、

『わが社に来たなら顔くらい出したらどうなんだ。君が来たのは受付で確認が出来ているのに会いに来ないなんてどんな噂が立つかわからないだろう』

とかなんとかブツブツ言われるのもテンションが下がる。

案の定、

「峯岸彩様。いらっしゃいませ。社長なら部屋にいらっしゃいますのでこちらの専用エレベーターへどうぞ」

秘書の黒須さんは私に深々と一礼するとシルバーの洒落た眼鏡を指で直した。

「いえ、私今日は仕事で」

「存じております。ですがあと10分で社長は外出されますので先に社長室へどうぞ」

「はあ……」

ああ、会社をあと十分遅れて出れば良かった……。

ガックリと肩を落とす私にまるで気付かず、黒須さんはエレベーターに乗り込むと再び口を開いた。

「楽しみですね、結婚式」

「……」

この人は本当に圭吾さんの秘書なんだろうか。

普段の彼を見ていたらこの結婚を喜んでいるか否かが一目瞭然なはずなのに。

もしかしてとんでもなく鈍いのかも。

張り付いたように見つめることしか出来ない私に、黒須さんは続けた。

「社長室の隣がプライベートルームとなっています。そこでしばらくお待ちください」

「はい……」

私の返事はひどく掠れていた。
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