【惑溺】わたしの、ハジメテノヒト。
重い灰色の雲に覆われて、外はまだ昼過ぎなのに薄暗かった。
冷たくて、湿った風が頬をなでる。
校門を出てあたりを見回すと、遠くに小さく西野くんの後姿が見えた。
あたしは急いで走り出す。
別に、追いかけて何か伝えたい事があるわけでもないのに、勝手に走り出す足を止められなかった。
「に、西野くん!」
さっきからあたしの足音が背後から聞こえていたはずなのに、まったく歩調を緩めようとも振り返ろうともせず歩いていく西野くんに、必死で追いついて声をかけた。
ゆっくりと振り返りゼイゼイと苦しげに肩で呼吸するあたしを見て、冷然とした表情で首を微かに傾けた西野くんは
「なんか用?」
と、冷たく一言。
「あ、あの……」
なんの用? なんて聞かれたって、なんで彼を追いかけてきてしまったかなんて自分でもわからないのに。
「西野くん、怒ってるかと思って……」
必死に言葉を探しながら彼の顔を見上げると、長めの前髪の隙間から黒い瞳があたしの事を見ていた。
『何を言っているのかわからない』
と、言うように軽く顎を上げあたしの言葉を黙って待っていた。
「みんな好き勝手に噂なんかして、怒ってるかと思って……」
口ごもりながらそう言うと、彼は小さく息を吐いて前を向いて歩きだす。
「別に、そんな事でいちいち怒らねぇよ」
と、必死で走ってきたあたしに呆れたように笑った。