冷徹社長の容赦ないご愛執
「佐織」


 ちゃぽんという波の打つ音が、電話を介さずはっきりと耳に届く。

 その情緒的な音に乗せるように、社長は静かに口を開いた。


「来ないか、……部屋に」


 しっとりと言われたものだから、その言葉に色気を感じて胸が弾けた。


「え……」


 ひとり飲みはつまらないから一緒にどうだ、と言われているだけだとわかっている。

 それなのに、どこかで見たことのあるドラマのシチュエーションのようで、大人な雰囲気を想像してしまい、顔がしゅっと赤くなった。


「なに期待してるんだよ、スケベだな」

「ちっ、違います!」


 そんな私の羞恥に気づいた社長は、ニヤリと笑って私をからかってくる。


「別にいいぞ、お前なら」

「そんなこと……っ」

「なんだ、したことないのか、“そういうこと”」

「セクハラですよ……⁉」

「なんのことだと思ってるんだよ。夜中に家抜け出すって話だろうが」

「な、な、な……」

「欲求不満か? そういや叔父さんも俺を“初めての彼氏”って言ってたもんな」


 さっきまでのはかなげな瞳の色は幻だったかのように、意地悪に目を細める社長にむうと膨れてみせる。
< 170 / 337 >

この作品をシェア

pagetop