常務の愛娘の「田中さん」を探せ!
「怖くなかったですか?いつとんでもない損失を出すか、と思ったら」
田中 沙恵子は藁焼きの鴨のロースに手をつけながら言った。
「『社員』だからな。これが『契約』だとこうはいかない」
トレーディングルームに勤務するのは、大地のような新卒で入った正社員と、会社と各自で取り決めを交わした歩合制の契約社員とがいる。
大損失を出した場合、正社員であれば左遷程度で済むが、契約社員の場合クビである。契約によっては損失を補填しなくてはならないこともある。
本支店にも定年退職したり、別の証券会社の元社員だったりの、今はフリーで契約の歩合制の営業社員がいるが、動かしている金額は雲泥の差だ。
大地が本社のトレーディングルームから、本店営業部に異動するにあたって、大地が巨額の損失を出したから、という噂がまことしやかに流れた。
しかし、課長職で栄転することと、同時に本社でシステム開発をしていた水島も異動することもあって、会社を担う次世代に最前線の現場で修行させる「帝王学」のためであることがわかった。
実際は、大地がトレーディングルームから外されるとき、直属の部長や課長たちが人事になんとか残すことはできないか、と何度もかけあうほどの驚異の運用実績をあげていた。