マドンナブルー
夏休みが終わり、新学期となった。休みの間中、図書館の学習席に座り続けた咲羅は、近日行われる試験にかなりの自信を得ていた。
「咲羅おはよう。久しぶり。元気だった?」
教室に入るなり、真っすぐと咲羅のもとへ歩み寄ってきた美奈子の肌は、小麦色にこんがりと焼けていた。
「わあ!美奈子焼けたね」
美奈子はうふふとほほ笑んだ。
「そういう咲羅は真っ白ね。ずっと家の中にこもってたみたい。彼氏と何してたんだか・・・・・・」
「ほとんど図書館にいたのよ!」
あわてる咲羅に対し、少しからかっただけよと言うように、美奈子はニヤッとした。
「梅田君と付き合うようになってどお?」
「どおって・・・・・・、彼は素敵で優しくて、見たまんまよ」
「咲羅、いい彼ができてよかったね」
「そういう美奈子は、夏休みどうだった?」
すると美奈子は、何か思い出したように目を輝かせた。
「すごく楽しかったわ。日本海に行ったの。車からの景色が最高だったわ。及川さんと秋田に一泊したんだけど、その日咲羅の家に泊まったことになってるから、もしうちのママに何か聞かれたら、適当に口裏合わせてね」
美奈子の発言は、咲羅に軽い衝撃を与えた。彼氏と一泊したということは、美奈子と及川はすでに、セックスをする仲だということを意味している。ほんの数ヶ月前、キスをしたしないで騒いでいた出来事が、とても懐かしく思えた。
「うわさをすれば、ほら、ダーリンのお出ましよ」
美奈子のいたずらっぽい声で、咲羅は感傷から抜けた。美奈子の視線の先に梅田の姿があった。登校したばかりの彼は、戸口付近でたたずんだまま咲羅を見つめていた。
〝 付き合うようになって最初の登校って、なんだか気恥ずかしいよな ”
〝 ほんとよね ”
という会話を、彼らは目配せし合いおこなっていた。美奈子はこの日の浅いカップルを目前にし、やれやれと呆れ顔を浮かべた。邪魔者は退散しますと言うように、彼女は静かにその場を離れた。
梅田が咲羅のもとへやってきた。
「咲羅おはよう」
「おはよう。陽一君」
二人は、はにかみながらそう交わした。お互いの呼び名は、すでに苗字から名前に変わっていた。梅田は周囲が目に入らない様子で、熱っぽく咲羅を見つめる。彼は咲羅の手に触れた。無意味に指を絡めたり、さすったりする。彼女の一部を常に触れていたいようだ。
「陽一君、恥ずかしいよ。みんなこっち見てる」
「大丈夫だよ。誰も俺たちのことなんて気にしないよ」
咲羅は、梅田の人目をはばからない態度に困惑したが、また、嬉しくもあった。
「今すぐキスがしたい」
と梅田が言った。今の彼なら、クラスメイトがひしめく教室でしかねないだろう。咲羅は、「もう、バカ!」と笑い、彼の胸を小突いた。
咲羅と梅田は、湖畔で初めてキスをしてから、会うたびキスをした。しかしそれ以上の行為に発展することはなく、軽く触れるだけの、初々しいキスである。咲羅の中の梅田の存在も、すっかり変わった。すでに彼は咲羅にとって、いとおしい存在となっていた。そうなったと思っていた・・・・・・。
そうなったと思っていたのだが、それは、咲羅が安藤の姿を一見したことで揺らいだ。
咲羅の視野に安藤が入り込んだのは、彼氏との熱愛振りをクラスメイトに知らしめた後、体育館でおこなわれた朝礼の時のことだった。
さざめく生徒たち。それを叱責する体育教師の怒声。長い校長の話。普段と同じ朝礼の光景が広がる。教師たちの列の中、ひときわ大きい安藤もまた、いつもと同じ様子で生真面目そうにたたずんでいた。咲羅は、彼の姿を捉えたとたん、複雑に心が乱れ始めた。深夜の網地島での出来事が、彼女の脳裏によみがえった。
安藤には、決して忘れることのできない女性がいること・・・・・・。
咲羅は、彼への想いが決して報われないということを、改めて実感した。しかし、胸が痛む反面、これは一時的な苦痛に過ぎないのだという楽観さもあった。梅田の存在が、安藤を忘れさせてくれるのだろうと信じた。
「咲羅おはよう。久しぶり。元気だった?」
教室に入るなり、真っすぐと咲羅のもとへ歩み寄ってきた美奈子の肌は、小麦色にこんがりと焼けていた。
「わあ!美奈子焼けたね」
美奈子はうふふとほほ笑んだ。
「そういう咲羅は真っ白ね。ずっと家の中にこもってたみたい。彼氏と何してたんだか・・・・・・」
「ほとんど図書館にいたのよ!」
あわてる咲羅に対し、少しからかっただけよと言うように、美奈子はニヤッとした。
「梅田君と付き合うようになってどお?」
「どおって・・・・・・、彼は素敵で優しくて、見たまんまよ」
「咲羅、いい彼ができてよかったね」
「そういう美奈子は、夏休みどうだった?」
すると美奈子は、何か思い出したように目を輝かせた。
「すごく楽しかったわ。日本海に行ったの。車からの景色が最高だったわ。及川さんと秋田に一泊したんだけど、その日咲羅の家に泊まったことになってるから、もしうちのママに何か聞かれたら、適当に口裏合わせてね」
美奈子の発言は、咲羅に軽い衝撃を与えた。彼氏と一泊したということは、美奈子と及川はすでに、セックスをする仲だということを意味している。ほんの数ヶ月前、キスをしたしないで騒いでいた出来事が、とても懐かしく思えた。
「うわさをすれば、ほら、ダーリンのお出ましよ」
美奈子のいたずらっぽい声で、咲羅は感傷から抜けた。美奈子の視線の先に梅田の姿があった。登校したばかりの彼は、戸口付近でたたずんだまま咲羅を見つめていた。
〝 付き合うようになって最初の登校って、なんだか気恥ずかしいよな ”
〝 ほんとよね ”
という会話を、彼らは目配せし合いおこなっていた。美奈子はこの日の浅いカップルを目前にし、やれやれと呆れ顔を浮かべた。邪魔者は退散しますと言うように、彼女は静かにその場を離れた。
梅田が咲羅のもとへやってきた。
「咲羅おはよう」
「おはよう。陽一君」
二人は、はにかみながらそう交わした。お互いの呼び名は、すでに苗字から名前に変わっていた。梅田は周囲が目に入らない様子で、熱っぽく咲羅を見つめる。彼は咲羅の手に触れた。無意味に指を絡めたり、さすったりする。彼女の一部を常に触れていたいようだ。
「陽一君、恥ずかしいよ。みんなこっち見てる」
「大丈夫だよ。誰も俺たちのことなんて気にしないよ」
咲羅は、梅田の人目をはばからない態度に困惑したが、また、嬉しくもあった。
「今すぐキスがしたい」
と梅田が言った。今の彼なら、クラスメイトがひしめく教室でしかねないだろう。咲羅は、「もう、バカ!」と笑い、彼の胸を小突いた。
咲羅と梅田は、湖畔で初めてキスをしてから、会うたびキスをした。しかしそれ以上の行為に発展することはなく、軽く触れるだけの、初々しいキスである。咲羅の中の梅田の存在も、すっかり変わった。すでに彼は咲羅にとって、いとおしい存在となっていた。そうなったと思っていた・・・・・・。
そうなったと思っていたのだが、それは、咲羅が安藤の姿を一見したことで揺らいだ。
咲羅の視野に安藤が入り込んだのは、彼氏との熱愛振りをクラスメイトに知らしめた後、体育館でおこなわれた朝礼の時のことだった。
さざめく生徒たち。それを叱責する体育教師の怒声。長い校長の話。普段と同じ朝礼の光景が広がる。教師たちの列の中、ひときわ大きい安藤もまた、いつもと同じ様子で生真面目そうにたたずんでいた。咲羅は、彼の姿を捉えたとたん、複雑に心が乱れ始めた。深夜の網地島での出来事が、彼女の脳裏によみがえった。
安藤には、決して忘れることのできない女性がいること・・・・・・。
咲羅は、彼への想いが決して報われないということを、改めて実感した。しかし、胸が痛む反面、これは一時的な苦痛に過ぎないのだという楽観さもあった。梅田の存在が、安藤を忘れさせてくれるのだろうと信じた。