マドンナブルー
それから数日後、咲羅は学校帰りに美奈子の家に立ち寄っていた。二人は美奈子の部屋で、小さなテーブルに向かい合って座っている。
「へえ、梅田君て案外嫉妬深いんだね」
咲羅から一通り子細を聞いた美奈子は、とくに驚くわけでもなく、軽い口調である。
「うん・・・・・・」
咲羅は力なく返した。梅田との夜分の一件以来、彼女は混迷から抜けきれないでいた。その件を境に、梅田が変わったというわけではない。むしろその逆で、彼は何事もなかったかのように、以前の完璧さを取り戻していた。それがかえって不気味である。
「でも梅田君、ちょっと異常じゃない?咲羅は安藤先生としゃべってただけなんでしょ?先生は誰にでも優しいわけなんだし、そんなことで怒るなんて、梅田君DVのけがあるんじゃない?」
梅田の豹変の理由に、自分の落ち度も一理あると感じる咲羅は、自然と彼を擁護する形となる。
「違うのよ」
「何がどう違うのよ」
咲羅はためらった後、思い切ったように、
「実は私、夏休みに失恋したの」
美奈子は、「初耳なんだけど」とでも言うようにムッとした。その補いは後回しと考え、咲羅は話を続けた。
「陽一君に告白されたのは、失恋した直後のことで、それを理由に一度は断ったの。でも彼にそれでも付き合ってほしいと言われて・・・・・・。好きな人のことをすっかり忘れてから、陽一君と付き合うべきだったんだよね」
「なるほどね。そうだったんだ。梅田君の中にある不安が、彼を嫉妬に走らせたわけね。それにしても、度が過ぎてる気がするけど・・・・・・」
割り切れないものを残し、美奈子は考える目となった。
「咲羅の好きな人って、やっぱり安藤先生のことよね」
そう断定され、咲羅は面食らった。苦虫をかんだような彼女の顔を見て、美奈子はニヤッとした。
「美奈子どうしてわかったの?私そんなに態度に出てた?」
「出てた出てた。咲羅って正直なのよね。安藤先生が美術室に入ってくるとするじゃない。とたんに咲羅の顔赤くなって、なんだか嬉しそうにもじもじするのよね」
咲羅は恥ずかしくなり、顔を両手で覆った。
「もういやあ~明日からギャルメイクしてこようかな・・・・・・」
美奈子はけらけらと笑った。笑いが収まると、ふと気づいたように、
「でも変ね。失恋したということは、先生に告白したわけでしょう?先生のほうも、少しは咲羅に気があると思ってたんだけど」
「何で?」
そんなことはありえないと思いながらも、次に美奈子の口から出てくる言葉に、咲羅は知らず知らず耳をそばだてていた。
「安藤先生はみんなに優しいけど、咲羅を見るときの目が妙に優しすぎるというか、とにかく特別感があるの。だから教師という立場上振ったんじゃないかな」
咲羅は嬉しい気持ちがうずき始めたが、彼女の脳裏に、深夜の網地島の風景が広がった。そこで、安藤は涙を浮かべ「由利子」とつぶやいている。
「先生は、私を応援してくれてるだけなの。うちが母子家庭ってこととか、私が美大に行きたいことを知ってるから。それに、直接先生に好きって言ったわけじゃないの。話の流れで、先生に忘れられない人がいるって知っただけなんだ」
その人が安藤の妻であり、すでに他界しているということまでは言わなかった。
「そもそも先生に告白するわけないじゃん。先生がオーケーしたら、教育委員会で問題になっちゃうよ」
咲羅は意識して明るく話した。「それもそうね」と美奈子も気楽に相槌を打った。
「あの安藤先生に、そんな人がいるとはねえ」
美奈子は好奇心で光らせた目を、しばらく宙に置いていた。やがて彼女の目から光が消え、憂える色が現れた。その終点にあるものが何なのか、咲羅はおおよその見当がついていた。おそらく、最近めっきりと話題にのぼらなくなった、及川のことだろう。
「へえ、梅田君て案外嫉妬深いんだね」
咲羅から一通り子細を聞いた美奈子は、とくに驚くわけでもなく、軽い口調である。
「うん・・・・・・」
咲羅は力なく返した。梅田との夜分の一件以来、彼女は混迷から抜けきれないでいた。その件を境に、梅田が変わったというわけではない。むしろその逆で、彼は何事もなかったかのように、以前の完璧さを取り戻していた。それがかえって不気味である。
「でも梅田君、ちょっと異常じゃない?咲羅は安藤先生としゃべってただけなんでしょ?先生は誰にでも優しいわけなんだし、そんなことで怒るなんて、梅田君DVのけがあるんじゃない?」
梅田の豹変の理由に、自分の落ち度も一理あると感じる咲羅は、自然と彼を擁護する形となる。
「違うのよ」
「何がどう違うのよ」
咲羅はためらった後、思い切ったように、
「実は私、夏休みに失恋したの」
美奈子は、「初耳なんだけど」とでも言うようにムッとした。その補いは後回しと考え、咲羅は話を続けた。
「陽一君に告白されたのは、失恋した直後のことで、それを理由に一度は断ったの。でも彼にそれでも付き合ってほしいと言われて・・・・・・。好きな人のことをすっかり忘れてから、陽一君と付き合うべきだったんだよね」
「なるほどね。そうだったんだ。梅田君の中にある不安が、彼を嫉妬に走らせたわけね。それにしても、度が過ぎてる気がするけど・・・・・・」
割り切れないものを残し、美奈子は考える目となった。
「咲羅の好きな人って、やっぱり安藤先生のことよね」
そう断定され、咲羅は面食らった。苦虫をかんだような彼女の顔を見て、美奈子はニヤッとした。
「美奈子どうしてわかったの?私そんなに態度に出てた?」
「出てた出てた。咲羅って正直なのよね。安藤先生が美術室に入ってくるとするじゃない。とたんに咲羅の顔赤くなって、なんだか嬉しそうにもじもじするのよね」
咲羅は恥ずかしくなり、顔を両手で覆った。
「もういやあ~明日からギャルメイクしてこようかな・・・・・・」
美奈子はけらけらと笑った。笑いが収まると、ふと気づいたように、
「でも変ね。失恋したということは、先生に告白したわけでしょう?先生のほうも、少しは咲羅に気があると思ってたんだけど」
「何で?」
そんなことはありえないと思いながらも、次に美奈子の口から出てくる言葉に、咲羅は知らず知らず耳をそばだてていた。
「安藤先生はみんなに優しいけど、咲羅を見るときの目が妙に優しすぎるというか、とにかく特別感があるの。だから教師という立場上振ったんじゃないかな」
咲羅は嬉しい気持ちがうずき始めたが、彼女の脳裏に、深夜の網地島の風景が広がった。そこで、安藤は涙を浮かべ「由利子」とつぶやいている。
「先生は、私を応援してくれてるだけなの。うちが母子家庭ってこととか、私が美大に行きたいことを知ってるから。それに、直接先生に好きって言ったわけじゃないの。話の流れで、先生に忘れられない人がいるって知っただけなんだ」
その人が安藤の妻であり、すでに他界しているということまでは言わなかった。
「そもそも先生に告白するわけないじゃん。先生がオーケーしたら、教育委員会で問題になっちゃうよ」
咲羅は意識して明るく話した。「それもそうね」と美奈子も気楽に相槌を打った。
「あの安藤先生に、そんな人がいるとはねえ」
美奈子は好奇心で光らせた目を、しばらく宙に置いていた。やがて彼女の目から光が消え、憂える色が現れた。その終点にあるものが何なのか、咲羅はおおよその見当がついていた。おそらく、最近めっきりと話題にのぼらなくなった、及川のことだろう。