マドンナブルー
 翌日、美奈子は学校に来た。厚化粧で暴力の跡を消していた。しかし、泣き暮らした腫れぼったさはいぜん残っている。

 彼女はいたって普通に振舞っていた。それが痛々しかった。繁華街で偶然見かけた及川の楽しそうな姿を思い出すと、咲羅の心痛は激しさを増した。もちろん美奈子に彼を見かけたことを話すつもりはない。そのため咲羅の中だけで及川の笑顔が生々しくこびりつき、彼女の及川に対する憎悪は膨れていった。

 お腹の子供のことも含め、今後どうするのかを美奈子から聞き出せないまま三日が過ぎた。張り詰めていた神経の糸が切れたように、美奈子は崩れた。体育の授業中、気を失って倒れたのだ。

 昼休み、咲羅は美奈子を見舞うため、彼女が休んでいる保健室を訪れた。養護教諭は不在で、室内にいるのは美奈子だけだった。彼女はベッドで眠っていた。人の気配に気づいた美奈子は、ゆっくりと目を開けた。

「みなこぉ・・・・・・」

 美奈子の姿を見て、咲羅はおもわず泣いてしまった。

「咲羅が泣いてどうすんのよ」
「だってこんなのひどすぎる!美奈子がかわいそうすぎる!」
「しかたないよ。私に人を見る目がなかったんだから。自業自得よ」

 咲羅を安心させようとしてか、美奈子は落ち着いていた。そんな彼女が、さらにかわいそうに思えた。咲羅は改めて周囲を見回した。誰かに会話を聞かれる心配がないのを確認し、

「それで、どうするの?そのう、赤ちゃんのこと・・・・・・」

 おそるおそるたずねた。すると美奈子は急に笑い出し、

「おろすに決まってんでしょ」

 と吐き捨てた。中絶なんてどうってことない。そんなニュアンスがあった。しかし、それがたんなる強がりであるのを咲羅は知っていた。

 咲羅は美奈子を保健室に残し、一人で退室した。悲しくて、悔しかった。先日見かけた及川の笑顔をメッチャメチャにしてやりたい!でもどうやって・・・・・・?そんなことを考えながら、廊下をとぼとぼと歩いた。そのとき、背後から強い語調で呼び止められた。振り返ると、杜が立っていた。ぼさぼさの頭髪をざわつかせるように、彼は気色ばんでいた。

「お前に聞きたいことがある」

 彼は険しい表情で言った。

 二人はひと気のない屋上に移動した。だしぬけに彼は、

「高木を妊娠させたやつって誰だよ」
「何であんたがそのことを知ってんのよ」
「お前らがさっきしゃべってたとき、俺保健室にいたんだ」
「やだ盗み聞きしてたの?」
「そんなんじゃねえよ。お前らが勝手に話し始めたんだ」

 杜の言い分はこうだった。最近、美奈子の様子がおかしいことに気づいていた杜は、倒れた彼女を心配して保健室へ向かった。しばらく保健室の前をうろうろした後、意を決して中に踏み込んだのだが、美奈子の具合をたずねようと思っていた養護教諭は不在だった。ベッドを囲むカーテンを開けて美奈子に会う勇気は、さすがに杜にもなかった。仕方なく退室しようとしたが、ドアの上部の曇りガラスの部分に人影を認め、とっさに彼は、無人のベッドの下に身を隠した。その人影というのが、咲羅だったのだ。

「吉岡なら相手の男を知ってんだろ?教えろよ」
「あんたはそれを知ってどうするのよ」
「俺が高木の仇をとる!あいつを悲しませるやつは俺が許さない!」

 殺気立つ彼に、咲羅は不安を覚えた。しかし彼が美奈子の境遇を知った以上、彼は美奈子を妊娠させた張本人を、なんとしてでも探し出そうとするだろう。杜はそういう男なのだ。どうしようもないほど美奈子が好きで、馬鹿が付くくらいまっすぐなのだ。及川への憎悪もあり、咲羅は杜を応援する気持ちとなっていた。彼の無鉄砲な性格が、ひょっとしたら奇跡を起こすかもしれない・・・・・・、と根拠のない自信に取りつかれた咲羅は、ためらいながらも、美奈子の身に起きた顛末を杜に話してしまった。

 話を聞き終えた杜はどす黒い顔色となり、放心したように無言だった。そのまま彼は咲羅に背を向け、突然走り出した。小柄な彼の体は、屋上の入り口の奥へとあっという間に消えてしまった。咲羅は一抹の不安を抱き、彼を追った。踊り場から階下を見下ろしたが、すでに杜の姿はなく、足音だけが聞こえた。

「杜ー!警察に捕まるようなことはしないでよー!」

 力いっぱい階下に向かって叫んだ。

 午後の授業に杜の姿はなかった。
 


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