マドンナブルー
 翌日、学校に美奈子の姿はなかった。杜は登校していた。普段なら、変わり果てた彼の外見は、一興を求めるクラスメイトたちの格好の餌食となるものである。しかし腫れ物に触れるようで、誰一人としてひどく仏頂面の彼にちょっかいを出さなかった。

 咲羅は杜を屋上に呼び出した。彼は遅れてやってきた。相変わらずムスッとし、咲羅とは目を合わせようとせず、いたるところをにらみつけている。日光の降り注ぐ屋上で見る杜の顔は、痛々しかった。

「その顔、まさか及川さんにやられたの?」

 とたんに杜は、カッと気色ばんだ。

「そんなわけないだろ!俺があんなへなちょこにやられるかよ!失神させたうえにしょんべん漏らさせてやったよ!この怪我は、教室に居合わせた男たちから袋叩きにされただけだ!」

 彼は同じ内容のものを、昨日美奈子に話している。しかし一晩たって、語調の変化がはなはだしい。誇らしげだった昨日に対し、今日は吐き捨てた感じだ。

 及川に報復したにもかかわらず杜が不機嫌なのは、彼と美奈子との間に何かあったからに違いない。咲羅はそれを言葉にした。

「美奈子と何かあった?」
「何もねえよ!」

 杜は憤怒の色となる。それが、咲羅の質問の答えとなった。

「高木の話なら、俺は帰る!」

 杜は咲羅に背を向け、その場を立ち去った。

                       ****

 その日の帰り道、咲羅は美奈子の家に立ち寄った。彼女が気がかりだった。昨夜、咲羅は二度ほど美奈子に電話をかけたのだが、いずれも応答がなかったのである。

 意外にも、美奈子は落ち着いた様子で迎え入れてくれた。二人は美奈子の部屋で話している。

「今日、ママと病院に行ってきたの・・・・・・」

 美奈子の言葉に、咲羅は緊張が走った。すでに堕胎したのだろうか・・・・・・。

「あさって中絶手術を受けることになった。中絶は早ければ早いほど、母体への影響が少なくてすむんだって」

 美奈子はどこか吹っ切れたような感じだ。

「美奈子はそれでいいの?」
「うんいいの」

 心配しないで、と言うように美奈子はほほえんだ。咲羅は言葉に詰まる。これは美奈子の問題である。いくら親友でもこの先は踏み込めない。

 しばしの沈黙の後、美奈子がぽつりと口を開いた。

「杜は今日学校来てた?」

 急に杜のことを振られ、どきっとした。

「あっ、うん。なんか、すごいひどい顔してた。あいつ、喧嘩ばっかりしてほんとバカだよね。あんなにバカで高校卒業できんのかな」

 杜との間に起きた、いざこざを聞きたいのだが、言い出せず、どうでもいいことがペラペラと口を出た。美奈子は、小声で「そう・・・・・・」とだけ答えた。そのとき、咲羅はあれっ?と思った。そのときの美奈子は伏目がちで、口元はサクランボのようにつやめいていた。まるで、恥じらいを胸に秘めた可憐な少女といった風情があった。咲羅が初めて見る美奈子の姿である。しかしこれでは、腫れ物のような今日の杜との様相の差は、あまりにはなはだしすぎる。

「杜と何があったの?」

 咲羅は露骨に尋ねた。

「あいつにプロポーズされた」
「えっ!」

 さすがに驚いた。

「あいつの気持ちがすごく嬉しかった。私のことを、そんなに想っていてくれたなんて・・・・・・」
「それで、美奈子は何て答えたの?」

 美奈子は、そんなの決まってんじゃんと言うように笑いながら、

「もちろん断ったわよ。あいつの人生狂わす権利、私にないもの」
「美奈子は、杜をどう思ってるの?」

 これだけは、はっきりさせたかった。

「好き。今さら気づいたって遅いんだけど、大好きよ」
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