マドンナブルー
 翌日も、咲羅は杜を屋上に呼び出した。彼は昨日と同じく仏頂面である。咲羅はだしぬけに、ある病院名と時間を、押し付けるように彼に言った。

「はあ?」

 杜は怪訝な顔で言った。

「明日、その病院で美奈子が中絶手術を受けるのよ」
「は?だから何だよ。俺には関係ねえ」

 彼はそうは言ったが、明らかに動揺していた。

「美奈子にプロポーズしたんでしょ?美奈子から聞いたよ。及川さんのところにたった一人で乗り込んでいったこといい、あんた男よね。見直しちゃった」

“ あんた男よね ” この言葉は、先日警察署で畑山が杜に言った、“ お前男だな ” というせりふを想起させた。同時に、そのときの高揚感までもがよみがえり、彼の羞恥と怒りは途方もなく膨れ上がった。

「う、うるせえ!!お前は俺をバカにするために呼び出したのか!ふざけんな!今度高木の話を俺にしたら許さねえぞ!」

 さすがに彼の怒りを静めなければと思い、

「話を最後まで聞いてよ。美奈子は杜のことが好きなのよ」
「俺をからかうな!俺は高木にはっきり言われたんだぞ!俺と結婚するくらいなら、中絶したほうがましだってな!」
「それが違うんだってば。美奈子は自分のせいで、杜の人生を狂わせたくないって思ってるのよ」
「えっ?」
「美奈子、いじらしそうに、杜のこと大好きって言ってたわ」

 憤怒で燃えていた杜の顔は、別な意味で燃え上がった。彼は無言で体を半回転させると、そのまま屋上の入り口目指して走り出した。あっという間に彼は、黒い戸口の奥へと消えていった。そんな彼を、咲羅はあわてて追った。ある計画を、彼女は温めていたのである。

「杜待ってよ!どこに行くの!?」

 そんなこと分かりきっていたが、彼を呼び止めるため口からそう出た。

「高木のところに決まってんだろ!」
「ちょっと待って!私にいい考えがあるの」

 咲羅は杜を引き連れて、梅田のところへ向かった。

                       ****

 その日の帰り道、ふたたび咲羅は梅田の家を訪れていた。今日は杜も一緒である。木枯らしが吹きぬける晩秋、以前来たときのように絢爛とまでいかないまでも、広い庭を埋める花々は花弁を広げ、凛と咲き誇っていた。

「陽一君、無理言ってごめんね」
「ぜんぜんそんなことないよ。むしろ杜の力になれて嬉しいよ」

 梅田は笑顔で言った。咲羅の計画とは、ふたたび杜が美奈子にプロポーズするとき、大きなバラの花束を渡して彼女を感激させようというものだった。大きなバラの花束なんて高価なもの、高校生が手を出せるものではない。そこで梅田の家の、きらびやかな風景に思い当たったのだ。美奈子には、深紅のバラが似合う。三人は手分けして、深紅のバラだけを選んで茎を切った。

 三十本ほど集まった。トゲを丁寧に切り落とし、包装紙でくるみ、かわいらしいリボンをあしらった。片手では持ちきれないほどの、豪華なバラの花束の完成である。

「いいなあ。美奈子これをもらうんだ」

 美奈子の感激する姿を想像し、咲羅はわくわくした。

「機転が利いて、さすが女の子だよな。咲羅グッドアイデアだよ。楽しみだな」

 咲羅と同じ気持ちの梅田が言った。

「でも陽一君、お母さんの大事なお花、こんなに切っちゃって大丈夫だった?後で怒られない?」

 すると梅田は屈託なく笑い、

「別に平気だよ。親子なんだしちょっと謝れば許してくれるさ」

 咲羅が以前感じていた、梅田と彼の母親との間の確執は、今はもうないようである。そのことが、さらに彼女を嬉しくさせた。

「みんな、俺のために本当にありがとう・・・・・・」

 杜は腕を目に押し当て、おいおいと泣き出してしまった。咲羅と梅田は顔を見合わせ、おもわず笑い出した。
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