マドンナブルー
 二人組みの男につけられていると感じた咲羅は、意識して歩調を速めた。数十メートルほど歩いて後ろを見た。二人組みとの間に変化はない。疑念が確信となり、彼女は駆け出した。高いヒールのブーツをはいている上、ニットのワンピースの布地が太ももにまとわりついて、走りづらい。

 だいぶ走り、息が上がった。咲羅は勢いよく後ろを向いた。もう、人影はない。へなへなと脱力した。前へ向き直り、ふたたび歩き出そうとした。一歩踏み込んだとき、全身の筋肉がこわばった。

 前方に二人の男が立っていた。そのかたわらに、一台の車が停車している。ちょうど彼らのそばに、街灯が立っている。そのため表情が確認できた。いずれも大学生風である。薄笑いを浮かべた二つの顔は、確かに咲羅を見ている。

 咲羅は二、三歩後ずさりをして、ぱっと後ろを向いた。来た道を逆戻りして逃げようと考えたのだ。しかし、ふたたびギョッとした。

 先ほどコンビニにいた、二人組みの影があった。その影は、少しずつ咲羅に近づいてくる。彼女をからかっているかのように、わざとらしいほどゆっくりと歩いてくる。こちらの二人にも薄笑いがあった。

 咲羅は、自分の置かれた状況を理解した。つけられていたのではなく、挟み撃ちにされたのだった。あっという間に咲羅は四人の男に囲まれた。値踏みするように、あざけった光を目に宿らせ、男たちは彼女を見ている。四方を固められ、逃げ道はなく、万事休すだった。

 男の一人が、ふとあることに気づいた。

「あれっ、この子だっけ?なんか写真と違くないか?」

 また別の男が、

「ああ本当だ。さっき一緒にいたもう一人のほうだ。おい!おまえだろ!この子だって言ったの!」

 三人の視線は、一人の男に集まった。その男は自分の誤算に戸惑うでもなく、ひたすら冷笑を浮かべ、鋭く目を光らせている。咲羅はこの男の顔に見覚えがあった。しかし思い出せない。記憶をたぐっていると、その男の口が開いた。

「咲羅ちゃんひさしぶり」

 やはり知り合いのようだ。別の男が、

「なんだお前の知り合いかよ。っていうか、ただお前がこの子とやりたかっただけか」

 なおも咲羅は思い出せない。その様子に、また別の男が、

「ぎゃはははっ!だっせえ!早坂、お前忘れられてやんの!」

“ 早坂 ” この名前を聞いて、ようやく記憶が呼び起こされた。以前、美奈子と及川も交えて、この男とドライブに出かけたことがある。その後数回メールのやりとりをしたが、いずれもデートの誘いであったため、多忙を理由にすべて断っていた。その後、ぷっつりとメールが途切れたのと同時に、早坂の存在は、咲羅の記憶からも消えていった。

 その男が、今さら自分に何の用があるのかと、咲羅はいぶかしく思った。

「ようやく俺を思い出してくれたようだね。そうです。咲羅ちゃんに冷たくあしらわれた、かわいそうな早坂君です」

 早坂はおどけたように言うが、彼の目は、依然として冷たい。

「まあ、この子でもいいんじゃねぇ?及川には適当に言っとけばバレねえよ。金をもらう上に、タダで女とやれるんだ。この際やれるんなら誰でもいいよ」
「そうだよな。俺もこの子で賛成。それにしても、及川がしょんべん漏らしたのは傑作だったよな。あいつ金持ちでいきがってるくせに、弱すぎんだよ。高校生のたった二発のパンチで失神した上しょんべん漏らしたら、俺だって大学辞めるよ」

 ゲラゲラと、男たちの笑いが巻き起こった。彼らの会話から、事の子細が見えてきた。杜に大恥をかかされた及川は、大学を退学せざるをえなくなった。彼の恨みの矛先は、杜の大切な人物とにらんだ美奈子へと向けられた。そこで及川は友人四人を金でやとい、美奈子を痛めつけるよう依頼した。しかし早坂の細工により、焦点は咲羅へと切り代わった。

 咲羅は、これから自分に降りかかる状況をあれこれと思い描いた。いずれにせよ、この四人の男から輪姦される。それから、あられもない姿態をカメラにおさめられ、それを材料に恐喝され、結局泣き寝入りとなる。

<そんなの、絶対嫌!>

 咲羅は何とかして、この災難から脱出しようと、男たちの間をすり抜けようとした。しかし、どこへ行っても抜け道をふさがれてしまう。四人の男の作る狭い囲いの中を、咲羅は幾度も右往左往していた。彼らはその姿を面白がり、咲羅をばかにするように笑っていた。

 
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