マドンナブルー
肩に、毛布の暖かみを感じ、咲羅はハッと目を開けた。まな板の上に乗る、切りかけの野菜が目に広がった。彼女は安藤を探そうと、後ろを向いた。そこに、安藤の大きな背中があった。
「先生!どうして!?」
泣き出しそうな、悲鳴のような声を上げた。
「やっぱり、吉岡とはできないよ・・・・・・」
安藤は咲羅に背を向けたまま言った。
「どうして?私が生徒だから?」
その質問には答えず、
「もっと自分を大事にするんだ。君が僕に抱いている感情は、一時的なものだよ。愛や恋と錯覚して、生徒が教師に憧れることは、よくあることなんだよ」
「錯覚なんかじゃない・・・・・・」
くじけるように、小さくつぶやいた。そして、
「私が、先生の奥さんじゃないから・・・・・・」
安藤の背中が、ピクっと動いた。そして、ゆっくりと咲羅のほうへ振り返った。
「私が、先生の奥さんじゃないから私を抱けないんでしょ!?」
挑むような目で安藤をにらみつけ、彼に突っかかった。もう、やけくそだった。
「そういうわけじゃないよ・・・・・・」
困ったように彼は答えた。
「嘘!今でも奥さんと子供の死を受け入れられないんでしょ?だって、この家には、奥さんと子供の写真が一枚もないじゃない!思い出すのがつらいから忘れようとするなんて、そんなのかわいそう。震災から、もう四年がたつのよ。お願いだから、先生は死なないで」
「僕は、死なないよ・・・・・・」
安藤は弱々しく言った。
「さっきから嘘ばっかり!先生は、奥さんと子供のところに行きたそうにして、いつも美術室の窓の外を見てた。私、いつも見てたから知ってるんだから!」
咲羅は安藤に飛び込むように、彼のウェストにしがみついた。そのとき、はらりと毛布が足元に落ちた。
「先生、やっぱり抱いて!私を先生の奥さんだと思って抱いて!」
咲羅の白く丸い肩が、小さく震えているのが、安藤の目に入った。
「ごめん・・・・・・」
「私が、奥さんじゃないから?あんなに綺麗じゃないから?まだ、愛してるから?」
咲羅は安藤の胸に顔を押し付け、泣き出しそうな声で言った。閉口したように、嘆息をつく気配が、彼の胸から伝わった。
「吉岡は充分綺麗だよ。君を抱く抱かないと議論する前に、君は僕の大事な生徒じゃないか」
〝 大事な生徒 ” という常套文句に逃げられたことに、咲羅は失望した。しかし、これが彼の本音なのかもしれない、という考えが広がり始める。
猛烈な羞恥が、怒涛の勢いで押し寄せてきた。咲羅は、脱ぎ捨てた自分の衣類へと走った。おおざっぱに、ワンピースに頭を通した。下着類をバッグの中に突っ込むと、バタバタと玄関に駆けた。いち早く、ここから逃げ出したかった。・・・・・・が、ブーツがうまく履けない。背後に安藤の気配があった。
「家まで送るよ」
「一人で帰れますから結構です」
「いいや、送ってく」
「だから結構です!」
咲羅はようやくブーツを履き終え、立ち上がった。ドアノブに手を触れたとき、もう片方の手首を、安藤の大きな手がつかんだ。咲羅はドアノブから手を離し、その手で顔の涙をぬぐった。
「手を離してください」
安藤に背を向けたまま、毅然と言った。彼に手首をつかまれた際、何も抵抗しなかった。抵抗したところで、びくともしないことくらい分かっていた。
「だめだ。送ってく」
と、彼もゆずらない。
「いい加減にしてください!今、先生といたくないことくらい分かるでしょ!?お願いだから、私のことなんかほっといて!」
「だめだ!ほっとけない!君は僕の大事な生徒だ。今の状態の吉岡を、一人で帰すわけにはいかない!」
結局、咲羅は家路を安藤の車内で揺られていた。いつか乗ったときのように、窓の外を見つめていた。夜空の中、イルミネーションが輝いていた。その光景を、打ちひしがれた気持ちで眺めた。
安藤が描いたデッサンは、咲羅の目に触れることなく、彼のベッドの上に置き去りとなった。
「先生!どうして!?」
泣き出しそうな、悲鳴のような声を上げた。
「やっぱり、吉岡とはできないよ・・・・・・」
安藤は咲羅に背を向けたまま言った。
「どうして?私が生徒だから?」
その質問には答えず、
「もっと自分を大事にするんだ。君が僕に抱いている感情は、一時的なものだよ。愛や恋と錯覚して、生徒が教師に憧れることは、よくあることなんだよ」
「錯覚なんかじゃない・・・・・・」
くじけるように、小さくつぶやいた。そして、
「私が、先生の奥さんじゃないから・・・・・・」
安藤の背中が、ピクっと動いた。そして、ゆっくりと咲羅のほうへ振り返った。
「私が、先生の奥さんじゃないから私を抱けないんでしょ!?」
挑むような目で安藤をにらみつけ、彼に突っかかった。もう、やけくそだった。
「そういうわけじゃないよ・・・・・・」
困ったように彼は答えた。
「嘘!今でも奥さんと子供の死を受け入れられないんでしょ?だって、この家には、奥さんと子供の写真が一枚もないじゃない!思い出すのがつらいから忘れようとするなんて、そんなのかわいそう。震災から、もう四年がたつのよ。お願いだから、先生は死なないで」
「僕は、死なないよ・・・・・・」
安藤は弱々しく言った。
「さっきから嘘ばっかり!先生は、奥さんと子供のところに行きたそうにして、いつも美術室の窓の外を見てた。私、いつも見てたから知ってるんだから!」
咲羅は安藤に飛び込むように、彼のウェストにしがみついた。そのとき、はらりと毛布が足元に落ちた。
「先生、やっぱり抱いて!私を先生の奥さんだと思って抱いて!」
咲羅の白く丸い肩が、小さく震えているのが、安藤の目に入った。
「ごめん・・・・・・」
「私が、奥さんじゃないから?あんなに綺麗じゃないから?まだ、愛してるから?」
咲羅は安藤の胸に顔を押し付け、泣き出しそうな声で言った。閉口したように、嘆息をつく気配が、彼の胸から伝わった。
「吉岡は充分綺麗だよ。君を抱く抱かないと議論する前に、君は僕の大事な生徒じゃないか」
〝 大事な生徒 ” という常套文句に逃げられたことに、咲羅は失望した。しかし、これが彼の本音なのかもしれない、という考えが広がり始める。
猛烈な羞恥が、怒涛の勢いで押し寄せてきた。咲羅は、脱ぎ捨てた自分の衣類へと走った。おおざっぱに、ワンピースに頭を通した。下着類をバッグの中に突っ込むと、バタバタと玄関に駆けた。いち早く、ここから逃げ出したかった。・・・・・・が、ブーツがうまく履けない。背後に安藤の気配があった。
「家まで送るよ」
「一人で帰れますから結構です」
「いいや、送ってく」
「だから結構です!」
咲羅はようやくブーツを履き終え、立ち上がった。ドアノブに手を触れたとき、もう片方の手首を、安藤の大きな手がつかんだ。咲羅はドアノブから手を離し、その手で顔の涙をぬぐった。
「手を離してください」
安藤に背を向けたまま、毅然と言った。彼に手首をつかまれた際、何も抵抗しなかった。抵抗したところで、びくともしないことくらい分かっていた。
「だめだ。送ってく」
と、彼もゆずらない。
「いい加減にしてください!今、先生といたくないことくらい分かるでしょ!?お願いだから、私のことなんかほっといて!」
「だめだ!ほっとけない!君は僕の大事な生徒だ。今の状態の吉岡を、一人で帰すわけにはいかない!」
結局、咲羅は家路を安藤の車内で揺られていた。いつか乗ったときのように、窓の外を見つめていた。夜空の中、イルミネーションが輝いていた。その光景を、打ちひしがれた気持ちで眺めた。
安藤が描いたデッサンは、咲羅の目に触れることなく、彼のベッドの上に置き去りとなった。