マドンナブルー
 安藤がパリに立つ日となった。門出にふさわしい快晴である。
 
 咲羅は、自宅のベランダから空を仰いでいた。雲一つない澄み切った青い広がりの中、一機の飛行機が、ゴーという音を響かせて、斜めに飛び立っていくのが見えた。おそらく、あれに、安藤が乗っている。機体は見えなくなったが、咲羅は手すりに肘をついて頬づえをつき、機体の飛び立った先を、しばらくの間ぽかんと眺めた。

 気持ちのよい暖かな日である。咲羅はベランダに布団を干した。あらためて冬が去ったのを実感し、思いきり春のにおいを吸い込んだ。それから洗濯機を回し、入念に部屋を掃除した。それらを終えると、やることがなくなった。

 咲羅はソファに寝転がった。ぼんやりと天井を眺める。・・・・・・長いこと、そうしていた。

 ふいに、呼び鈴がなった。のっそりと起き上がり、指で髪を整えながら、玄関へと向かった。

 扉の向こうに、美奈子の姿があった。咲羅を気遣ってか、あいまいな笑みを浮かべている。

「これ、安藤先生から咲羅にって・・・・・・」

 咲羅の部屋で、美奈子はありふれた茶封筒を咲羅に手渡した。“ 吉岡咲羅様 ” と宛名が書かれている。覚えのある、どこか女性的な繊細な文字である。たちまち咲羅は動揺するが、悟られないよう平静を装い、美奈子から受け取った。

「先生、咲羅に来てほしかったみたいよ」

 美奈子は遠慮がちに言った。今日、彼女は安藤を見送るため、空港に足を運んだのだった。咲羅も誘われていたのだが、彼女はそれを断ったのである。

 それから二人は、たわいない会話を少し交わした。

「私、そろそろ行くね」

 美奈子は大きなお腹をかばうようにしながら、そろそろと立ち上がった。

「そんな、もう帰っちゃうの?来たばかりじゃん」
「実は、下で杜を待たせてるの」

 それなら杜も一緒に、と咲羅は言おうとしたのだが、美奈子はそれをさえぎった。

「私たちがいたら、咲羅泣けないでしょ?」
「・・・・・・」
「安藤先生と何かあったんでしょ?今日はかんべんしてやるけど、そのうち教えてよね」

 咲羅は美奈子を見送るため、戸外へ出た。団地内に、小さな公園がある。そこのベンチに杜は座っていた。春休みということもあり、多くの子供たちが遊んでいる。その光景を、彼はにこにこしながら眺めていた。

 歩み寄ってきた咲羅に気づくと、彼は決まり悪そうに笑い、「よお」と言った。咲羅も彼風に、「よお」と返した。

「じゃあね。咲羅」
「うん。またね」

 美奈子は杜に寄り添い、その場を後にした。二人の後姿は、幸せ一杯という感じでほほえましかった。

 咲羅は家に戻ろうと、向き直った。どくんどくんと脈が速くなる。彼女はほとんど走っていた。

 家に駆け込むと、震える手で、安藤からの手紙の封を開けた。
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