鉄仮面女史の微笑みと涙
人事異動
「課長、データの修正終わりました」
「ああ、ありがとう。相変わらず仕事が早いねぇ加納係長」
「いえ」


私、加納 海青(みお)33才は、日本屈指の総合商社、F社の情報管理部管理課の係長をしている
この情報管理部には、F社の歴史とでも言っていい過去のデータを管理する部署
主な仕事は他部署から頼まれた過去のデータを引っ張り出して資料を作ったり、新たなデータをシステムに打ち込むことだ
ほぼデスクワークで1日が終わるこの部署での仕事は私にはピッタリな仕事だと思う



「情報管理部管理課の加納です。原田さんに頼まれた資料を持ってきました」
「ああ〜今、原田さん外出してますね〜」
「では、代理でもいいので受け取りのサインか印鑑をここに。何かあれば連絡していたただけるよう、原田さんに伝えてもらってもいいでしょうか?」
「あ、はい、分かりました」
「では、失礼します」


要件を伝えて、自分の部署に戻ろうとした時、お決まりの会話が聞こえてきた


「加納係長って、本当に表情が変わんないな」
「ホント、愛想笑いの1つでもすればいいのにね」
「流石『鉄仮面女史』なだけあるよな」


そう、私に付けられた名前は『鉄仮面女史』
いつも表情が変わらない、何を考えているのか分からない鉄仮面をかぶったような女
でも私はそれで構わない
そう思われている分、必要以上に近づいてくるようなもの好きはいなかったからだ


自分の部署に戻り、次のデスクワークに取り掛かろうとした時、前原部長に呼ばれた
どうせ次の仕事のことだろうと思っていたら、打ち合わせ室の方に促された


「部長?何故打ち合わせ室に?」
「まあ、ちょっと座りなさい」
「はい」


私が座ると部長は1枚の紙切れを私の前に置いた
それを見て、私は部長の顔を凝視した


「なんの冗談ですか?これは」
「冗談でもなんでもない、正式な書類だ」
「何故私が?」
「それは、直接聞いてくれ」
「誰にですか?」
「決まってるだろう。皆川部長だよ」


私の目の前に置かれた1枚の紙切れにはこう書かれていた


『内示 情報管理部管理課係長 加納海青
海外事業部第3課課長に任命する』



「とにかく、今から海外事業部に行ってきてくれ。皆川部長からさっき電話があった」


にわかに信じられなかったが、上司の命令とあればしょうがない
海外事業部に向かう為、エレベーターに乗り込む
情報管理部があるフロアは5階、海外事業部は15階
14階にあるマーケティング部と海外事業部は、この会社でも花形部署と言ってもいいだろう
そんな部署に、何故私が……
そんなことを思っていたら、15階に着いてしまった
ため息をつきながらエレベーターを降りた

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