鉄仮面女史の微笑みと涙
そして次の日成田空港に到着し、帰宅する人はそのまま帰宅し、会社に行く人は一緒に会社へと向かった
海外研修中に給料が出たので、ほとんどの人がF社の隣にあるO銀行のATMに行った
私は仕事が気になったので、あとでATMに行こうと1人でスーツケースを引きながら会社に向かっていたら、進藤課長に声をかけられた


「お帰りなさい。加納課長。今帰ったの?」
「あ、進藤課長、お疲れ様です。今帰ってきました。進藤課長は外出してたんですか?」
「ええ、妊婦健診に行ってたの」


進藤課長は幸せそうにお腹を撫でた


「楽しみですね」
「ええ、とても」


2人で会社の入り口に着いたところで声をかけられた


「おい」


え?と振り返ると、夫だった
私がこの世で一番会いたくない人
夫が私を睨みつけながらどんどん近づいてくる
その様子が普通じゃないのが分かったのか、進藤課長は私の手をギュッと握った


「加納課長、どなた?」
「……夫です。進藤課長、早く会社に入って下さい」
「え?」
「早く!」
「おい」


ハッと気付くと夫はすぐ傍まで来ていた


「あなた、どうしたんですか?」
「迎えに来たんだ。帰るぞ」
「仕事があるから遅くなると言っていたはずです」
「お前……」


私がすぐに従わないからか、夫がイラついているのが分かった
これ以上怒らせたら何をするか分からない


「分かりました。一緒に帰ります。でも、ちょっとこちらの相川課長と打ち合わせをしたいので先に行っててもらっていいですか?相川課長は海外事業部の同僚なんです」


夫はチラッと進藤課長を見ると舌打ちした


「ここで話せばいいだろう」
「大事な話なんです」
「……早くしろ」


夫は渋々ながらも私達から離れて行った
それを見て、私は進藤課長と向き合った
進藤課長は小さく首を横に振った
私は安心させるために微笑むと、進藤課長は目を丸くした
そりゃそうだろう
『鉄仮面女史』が微笑んだのだから


「相川課長、皆川部長に夫が迎えに来たので帰りますと。それと、部長の同級生の柳沢先生に『大丈夫』だと伝えてもらっていいですか?」
「それで分かるのね?」
「はい」
「ごめんなさい。何もできなくて」
「いえ、お願いします」
「まだか!?早くしないか!!」


夫が待ちきれずに叫んでいる
進藤課長は小さく頷くと、会社に入って行った
私はそれを見届けると、夫の方へと歩いた


夫は近くの駐車場に車を止めていたらしく、私に車に乗るように促した
私は後部座席にスーツケースを乗せてそのまま後部座席に乗った
夫は小さく舌打ちをし、運転席に乗り車を出した
自宅のマンションに着き、車を降りて自宅へ向かう
夫が先に家に入り私が後に続いて家に上がると、夫はドカッとリビングのソファーに座った
家の中を見渡すと、散乱しているゴミ
山積みになっている洗濯物
台所からは異臭が漂っていた
私はこの有様を見て、思わずため息をついた
それに気付いた夫は、私を睨んだ


「掃除洗濯はお前の仕事だろう。早く片付けたらどうだ」
「……私は家政婦じゃありません」
「なんだと?」
「あなたが言いたいことは他にあるんじゃないですか?」
「お前、よくも僕にそんな口を……じゃ、聞いてやろう。何故、給料がいつもの口座に振り込まれてなかったんだ?」
「給料の口座を変更したからです」
「何故そんなことをした?しかも僕に黙って。お前より銀行員の僕の方が金の管理が出来るに決まっているだろう。また元の口座に戻すんだ」
「嫌です」


すぐに反抗した私に、夫は驚いていた
夫と出会ってから、反抗したことは皆無だっただろう

そして私は大きく息を吸って言った


「あなた、離婚して下さい」


私の言葉に夫は鼻で笑った
どうやら本気と思ってないらしい


「何を言うかと思えば」
「私は本気です」
「何だと?」
「これ以上、あなたと夫婦ではいられません」
「……お前」
「後は弁護士さんにお任せしてますので」


私はそれだけ言うとスーツケースを持って玄関へと向かった
するといきなり後ろから抱きしめられた
それだけじゃなく、体を弄られている
一瞬で鳥肌がたった


「最近お前の相手をしてやってなかったからか?え?だから離婚なんて言ってるのか?」
「違います。あなた、離して」
「そんなに寂しかったのか?だったらちゃんと言ってくれれば相手をしてやったのに」
「……嫌」
「今から思う存分可愛がってやるよ」
「嫌ぁっ!」


夫は嫌がる私を寝室へと連れて行き、ベッドへ乱暴に投げ飛ばした
そして抵抗する私に馬乗りになり、ブラウスを力任せに引き裂き、私の首筋に吸い付いた



「嫌っ、あなた!やめてください!」
「うるさい!お前は僕の言う通りにしてればいいんだ!」
「あなたに触られると虫酸が走るんです!!」


夫はびっくりして私を凝視する


「な、何?お前、今、なんて言った?」
「あなたに触られるのは我慢できないと言ったんです」


夫を睨みつけてそう言うと、夫は逆上して私の首に手をかけた


「お前、自分が何を言ったのか分かってるのか?あぁ?」
「あ、あなた……や、めて……」


夫の手を剥がそうとするが、私の力ではどうにもならない
意識が遠のきそうになったその時、インターホンがなった
それに夫ががびっくりして気をとられた瞬間、私は力を振り絞って思い切り夫の急所を蹴り上げた
夫が悶絶している間に、私はよろめきながらも玄関にたどり着き、玄関を開けた
そこには、皆川部長と柳沢先生がいた
私はそこで意識を手放した
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