鉄仮面女史の微笑みと涙
先生は私の前に座って話し始めた


「あんたの旦那、借金してる。しかもかなりの額だ」
「え?」


夫は都市銀行の銀行員だ
その夫が借金?
私はびっくりして先生の顔を見た
でも先生は続けて言った


「あんたの旦那は今、N銀行の総務部庶務課所属だ。知ってたか?」
「いえ。ずっと融資部だと……」
「そう、あんたと出会った時は融資部だった。そして当時経理部だったあんたと結婚した。あんたと結婚するちょっと前に旦那には総務部に異動の内示が出た。でもあんたと結婚して融資部に残ることが出来た」
「融資部に残る為に、私と結婚を……?」


愕然とする私に、先生は辛そうに頷いて続けた


夫は新しい取引先を開拓しようともせず、前任者から引き継いだ取引先だけにしか営業に行かなかった
そんな夫が融資部に居られる訳もなく総務部に異動の内示が出た
だから当時付き合っていた私と慌てて結婚して、なんとか首を繋げた
確かにあの頃の夫は結婚するのに急いでいたように思う
N銀行も当時F社の経理部の私と結婚した夫を蔑ろには出来なかったんだろう
F社はN銀行の大口取引先だったはずだ


それと……先生は言いにくそうに言った


「あんたの旦那は、あんたと付き合っている時、他の取引先の女とも付き合っていて婚約までしてた。でもあんたと結婚するのに婚約解消。それで、その女性はあんたの旦那に慰謝料を請求した。旦那の借金のきっかけはそれだ」


夫に婚約者がいた?
慰謝料が借金のきっかけ?
もう訳が分からない……
頭を抱えている私に先生はさらに続ける


婚約者の女性に慰謝料を請求された夫はその慰謝料を払えるほど貯金がなかった
だから借金をするしかなかった
でも自分の勤め先から慰謝料を払う為の融資を受けるなんて度胸はなかったんだろう
だからと言って他の銀行からの融資もプライドが許さなかった
だから……


「消費者金融に手を出した。それで慰謝料は払えたかもしれないが、膨らんでいく利子に自分の給料だけじゃ追いつかなくなった。そして旦那はあんたの給料に目をつけた」
「私の給料を夫が管理すると言ったのは?」
「あんたの給料で自分の借金を返すためだ」


それで最初に出来た借金を返し終えるころ、夫はまた借金をする


「何でですか?」
「……クラブ通いに嵌ったんだ。そして気に入った女と愛人関係になってる」


私の給料があれば借金が返せると思った夫は、気に入った女性がいるお店に気前よくお金を落とした
その女性に飽きると次の店、そして飽きるとまた次の店
今の愛人は5人目の女性らしい
そして増える借金
そして私の給料はほとんど借金と愛人に消えていった



「あんたの給料がいつもの口座に振り込まれてないことに気付いた旦那は今日の凶行に及んだ。それと、あんたにモラハラをし続けた理由だ」
「モラハラの、理由……?」
「ああ」


夫は私との結婚で辛うじて融資部に残ることが出来た
しかし、3年前に私が情報管理部に異動になると、夫も総務部に異動になった
多分、私が経理部から居なくなることで夫が融資部に居る必要もなくなったんだろう
それに、N銀行で総務部に異動ということは出世コースから外れることを意味する


「しかも、あんたは係長に昇進しての異動。片や自分はほぼ左遷と言ってもいい異動。しかも今でも肩書きはついてない。その頃からあんたは旦那以上の給料を貰ってる。そして今度あんたは海外事業部の課長に昇進。旦那のプライドはズタズタだったろうよ。でもあんたの給料が無かったら自分は生きていけない」
「だから、私にモラハラを?」
「そうだ。あんたに、ダメな人間だ、何も取り柄がない、何も出来ない人間だ、お前みたいな人間がと言い続けて、あんたにそう思わせた。自分のプライドと自分が生きていくために、あんたを何年もかけて洗脳したんだ……それと、3年前に何があった?」
「え?」
「あんたが情報管理部の係長になったのも、旦那が総務部に異動になったのも、あんたが会社で『鉄仮面女史』と呼ばれるようになったのも、そして……あんたが流産したのも、全部3年前だ」
「何で、それを……」


私は流産したことを誰にも言っていない
なのに何故先生が?
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