溺甘副社長にひとり占めされてます。
先ほどよりも力を込めて、武田さんの手を振り払った瞬間、何かに手がぶつかった。
ぴしゃり響いた水音と、視界を掠めた紫色の液体に、呼吸が止まった。
「やだぁ! こんなところで暴れてるから、私のドレスにもかかったじゃないですか!」
私のそばに、同い年ぐらいの見知らぬ女性が立っていた。
手にはグラスを持っているけれど、中の紫色の液体は明らかに少なくなっている。
私のドレスにという言葉に眉根が寄る。
見るかぎり、彼女の着ているライトグレー色のドレスにジュースはかかっていない。
かかってしまったのは、彼女じゃない。私の方だ。
「もう。最悪! 恥ずかしくて、やってられない! 早く着替えなくちゃ」
顔をしかめて、彼女は持っていたグラスをテーブルに戻した。
「ちょっと待ってください!」
立ち去られてしまいそうな気配に、思い切り手を伸ばしたけれど、彼女にはまったく届かない。
私が捕まえられなかったのを良いことに、彼女は嘲笑う様な顔をしてから、くるりと踵を返し離れていく。
やっぱり、彼女のドレスには紫色のシミは見当たらない。
「……あの、彼女が誰か分かりますか?」
隣りに立っていた武田さんに問いかけたけれど、彼はばつの悪そうな顔をし、首を振るだけだった。