嘘をつく唇に優しいキスを~諦めた恋が動き出すとき~
仕事を終え、会社近くの居酒屋『久兵衛(きゅうべえ)』で飲み会が始まった。

社長の行きつけらしく、お酒の種類も多く、料理も美味しいと評判の店だ。
テーブル席、カウンター席はもちろん個室も完備されている。
個室は全席扉付きで、少人数の個室や団体用の大広間の個室もある。

今日は、会社で大広間を貸し切っていた。
社長の挨拶が終わると、「乾杯!」の声が響き、みんな一斉にグラスをカチンと合わせた。

大広間はあちこちで賑やかな声が飛び交っている。
飲み放題のコースということもあり、男性陣は一杯目を飲み終わると早々と次のお酒の注文をしていた。

「麻里奈ちゃん、最近どう? いい恋してるかい?」

飲み会が始まって三十分ぐらい経った頃、お母さん世代の太田(おおた)さんが焼き鳥を頬張りながら聞いてきた。
お酒が入っているせいか、頬がほんのり赤くなっている。

「あ、いや。恋は……」

なんて答えたらいいのか分からず、言葉に詰まる。

恋はしているけど、望みのない恋だ。
本当なら諦めないといけないのに、それがどうしてもできない。
自分の気持ちに嘘ばかりついている。

「その様子だとしてないんだね。麻里奈ちゃん、出会いがないならあたしが紹介してあげようか?」

太田さんが大声を張り上げながら言われ、困惑してしまう。

「あー、太田さんのお節介が始まった」

呆れたように口を挟んできたのは、先輩の北見理恵(きたみりえ)さん。

北見さんは二十八歳の既婚者で、女子社員の中では私と一番年齢が近い。
姉御肌で面倒見がよく、困ったことがあると相談に乗ってくれる、頼りになる先輩だ。

< 16 / 103 >

この作品をシェア

pagetop