嘘をつく唇に優しいキスを~諦めた恋が動き出すとき~
会社に戻ると、私に気付いた町田さんが声をかけてきた。
「あれ、麻里奈ちゃん。帰ったんじゃなかったっけ? なにか忘れ物?」
「はい、スマホを忘れちゃって」
「そっか」
さっき私が帰る前と、残業しているメンバーは変わっていない。
新庄くんは席を外しているのか、フロア内には見当たらなかった。
私的にはちょうど良かったけど。
自分の席へ向かうと、案の定、机の隅にスマホが置いてある。
よかった。
ほっと胸を撫で下ろして、スマホをバッグの中にしまう。
もう一度、残業している人たちに声をかけた。
「お先に失礼します」
「気を付けて帰りなよ」
町田さんは笑顔でヒラヒラと手を振る。
今泉部長は電話中だったけど、こちらに気づいて手をあげてくれた。
私はそんな二人に軽く会釈し、フロアをあとにした。
会社を出て駅に向かって歩いていたら、背後から私の名前を呼ぶ声が耳に届く。
「桜井、待って」
振り返ると、なぜか新庄くんが私を追いかけてきていた。
「どうしたの?」
「いや、町田さんが桜井が忘れ物を取りに来たって言ってたから」
それで、どうして私を呼び止めたんだろう。
不思議に思っていると、新庄くんは申し訳なさそうに目を伏せる。
「さっきは悪かったな」
「えっ?」
「だから、風船が勿体ないとか不器用とか言って悪かった」
そう言って頭を下げた。
謝るためにわざわざ追いかけてきたの?
思いもよらない展開に面食らう。
「別に気にしてないから」
そんなことで謝ってもらうとか、なんだかくすぐったい気持ちになる。