嘘をつく唇に優しいキスを~諦めた恋が動き出すとき~
しばらくして顔を上げ、乱れた髪を手櫛で整えていると、不意に目の前にカクテルグラスが置かれた。

「えっ?」

私、注文していないんだけど。
不思議に思い、カクテルからカウンターの向こうへ視線を移す。
すると、唯香ちゃんの彼氏で、このバーのオーナー兼バーテンダーの朔斗さんが穏やかな笑みを浮かべていた。

「カカオフィズです」

「カカオフィズ?」

初めて聞くカクテルの名前に首を傾げる。

「カクテルにも花言葉のように、カクテル言葉というものがあるんです」

朔斗さんはそう言って、グラスに目を向けた。

「カカオフィズには『恋する胸の痛み』という意味があると言われています」

「恋する胸の痛み……」

思わずその言葉を小さく呟いた。

隣に座っていた唯香ちゃんが「なるほどね」と言って、意味ありげな視線を朔斗さんに向ける。

「話が聞こえてしまったので」

少し申し訳なさそうに前置きしてから、朔斗さんは穏やかな口調で話を続けた。

「片想いは楽しいときもあれば辛いときもありますからね。今は少し苦しいかも知れませんが、それを乗り越えたらきっといいことがあると思います」

朔斗さんは優しく微笑んだ。

「これは私からのサービスです。よかったら飲んでください」

「いいんですか? ありがとうございます」

思いがけない言葉に驚いたけど、私は素直にお礼を言う。

「唯香、あとは頼んだ。俺はちょっと奥に行く」

そう言うと、朔斗さんは静かにカウンターの奥へ入っていった。

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