嘘をつく唇に優しいキスを~諦めた恋が動き出すとき~
「自分の気持ちに嘘をついていて、平気な振りばかりしていると、そのうち自分の心が出しているSOSにも気づけなくなるよ。麻里ちゃんはさ、もっと自分の気持ちを大切にしなきゃ」

伊織くんの真っ直ぐな言葉が胸に突き刺さり、はっと息をのんだ。

「俺でよければ、愚痴でもなんでも聞くよ。今度、加奈ちゃんも交えて三人で美味しいものでも食べながら、いっぱい吐き出しなよ。もちろん、俺らが奢るから」

「ふふ、なにそれ」

思わず笑ってしまった。 
きっと、私の変化に気づいた伊織くんなりの優しさなんだろう。

「麻里ちゃんには心から笑ってほしいからさ。今のように」

伊織くんが親指を立ててグッドサインを出す。

「ありがと」

肩をすくめながら答えると、伊織くんは穏やかに微笑んだ。

「じゃあ、気をつけて帰りなよ」

「うん。またね」

駅で彼と別れ、ひとりになった帰り道。
伊織くんに言われた言葉がずっと胸に残っていた。

新庄くんのことを考えると、まだ胸は痛む。
誰かを諦めることは簡単じゃないと、改めて思い知らされた。

新庄くんを好きだったこと。
彼女と一緒にいる姿を見て苦しかったこと。
まずはその気持ちを、一度ちゃんと受け止めよう。

なにより大切なのは、自分の気持ちを置き去りにしないことだ。
諦めるということは想いを無理やり消すことじゃない。
傷ついた自分の心も抱えて、前に進むことなんだと思う。

今はまだ苦しいけど、きっと時間とともにこの痛みも少しずつ薄れていくだろう。
自分の気持ちを大切にしながら、一日一日を過ごしていきたいと思った。
< 62 / 103 >

この作品をシェア

pagetop