嘘をつく唇に優しいキスを~諦めた恋が動き出すとき~
「話の流れで『うちの会社の子もめちゃくちゃ割ってるから気にすんなよ』って言ったんだ」
風船を割ったのは事実だけど、めちゃくちゃ割ってるは余計でしょ。
思わずジト目を向けると、町田さんはふっと笑った。
「それで詩織が不器用なのに頑張ってる子に差し入れしたいって言い出して。朝一でクッキーを作ったから持って行けってさ」
「朝一から作ってくださったんですか?」
「あぁ。朝から甘い匂いが部屋中に充満してて、朝飯がいつもより食えなかったんだ」
町田さんは大げさに肩をすくめた。
「確かに、匂いだけでお腹いっぱいになっちゃいそうですよね」
「だろ! それで俺は母親や妹に怒られたんだよ。『どうしてご飯を残すの?』って。そりゃ、甘い匂いのせいだっての。まぁ、言い返せずに謝り倒したけど」
「言い返せなかったんですか?」
「無理だよ。二人から同時に睨まれたらなにも言えないって」
そう言って、町田さんは苦笑いした。
町田さん、家族と一緒に住んでいるんだ。
さっきのやり取りを聞いただけで、家族仲もよさそうだ。
仕事の顔しか知らないから、家族とのエピソードを聞くと、新たな一面を見たような気がする。
「詩織は不器用だけど、料理は得意だから間違いなく美味しいぜ」
町田さんは優しいお兄ちゃんの顔で言う。
妹さんが会ったことのない私のために、朝からクッキーを作ってくれたことはすごく嬉しい。
だけど、少しだけ申し訳なく感じた。