忘却街の秘密の洋館
はじまりの赤



   *



『どうして?』



 母が手にしている包丁が月明かりに光る。


 今さっきまで野菜を切っていたはずなのに、なぜこの身を切り裂こうとしているんだろう。



『やめてよ……』



 違う。あの顔は母じゃない。
 あんな冷たい目をするなんて、楽しそうに包丁を振り回すなんて有り得ない。



『アトラス、目を瞑れ』



 後ろから肩を叩かれて、オレは1度だけ目を瞑る。そう、1度だけ。


 父に言われたはずなのに、全てを見てしまったのは罪だ。5歳のオレには父が何をしようとしているか、わからなかったんだ。



『すまん。救えなくて』



 父が振りかざした光は母を襲う。
 白い閃光の中に見えた赤に、オレ自身も染まった。



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