私の上司はご近所さん
「過去形なんだ」
「えっ?」
「百花、俺以外に好きな人が〝できなかった〟からって言った」
自分でも意識していなかったことを指摘され、戸惑ってしまう。
「そうだっけ?」
「ああ。その言い方だと今では俺以外の誰かを好きみたいに聞こえるけど……百花の好きなヤツって誰?」
頭に浮かんだのは優しく微笑む部長の顔。何故、部長のことを思い出したのか自分でもわからない。
「す、好きな人なんていないよ」
部長を思い浮かべてしまったことを慌てて誤魔化すと、翔ちゃんの大きな手が私の肩にのった。
「だったら百花。俺と……」
向かい合っている翔ちゃんの表情は真剣そのもので、ふたりの間に緊張が走った。けれど、いつまで経っても翔ちゃんの口は開かない。
「俺と……なに?」
しびれを切らした私が翔ちゃんを急かすと、肩にのった彼の手がスッと離れていった。
「……なんでもない。そろそろ水族館に行くか」
「あ、うん」
翔ちゃんが勢いよくベンチから立ち上がる。
変な翔ちゃん……。
彼の不可解な言動に戸惑いつつも、水族館に向かって足を進める翔ちゃんの後を急いで追った。