アナタに逢いました
「恭哉さん…困ります…まだ本番残ってますよ?
で、こちらは?」

手の持ち主は漆黒の切れ長の瞳を持った妙に色気のある背の高い白い男だった

「邪魔すんなよな…イチ」

「邪魔って…今何の時間です?」

イチと呼ばれた男は忌々しそうに言う

「折角きりんちゃんと…」

「きりんちゃん…あぁ貴女が…」

恭哉の呟きに『イチ』が私を嘗めるように見た

「希林 湖です」

「あ、苗字が『きりん』さんなんですね…市伊(イチイ)です。どうも…てか…ホントにこの人は知らないんだね?
恭哉さん…」

イチさんは唇を綺麗に引き上げて笑う

「どこかでお会いしましたか?2位さん」

「おお!」

恭哉が声をあげたので何よ?と見やると
嬉しそうにフニッと柔らかく笑う

「ホントに名前が覚えらんないんだ?」

「…なぜそれを…」

「村ちゃんに聞いた、店によく行く人いるでしょ?このチケットくれたんじゃない?」

(あー。そうか…あのビジネスマンか…)

「恭哉と町山さんはどんな関係なの?」

「んー、…お仕事関係?かな」

恭哉はふぁぁと欠伸をした

「イチ、何時から?次…」

『イチ』は溜め息をつきながら

「あと30分くらいかと思いますが?今、村さんが苦戦してますから」

と、恭哉の肩を叩く

「村ちゃん拘るからなぁ。チャチャっとやれば楽なのに」

「そりゃあアナタみたいな人はそうでしょうけれど…普通は時間がかかるんです…あ、きりんちゃん」

急に『イチ』がこちらを見た

「この人連れていきますけど…イイですか?」

穏やかな口調だけれど、目が冷たい
有無を言わせない雰囲気だ

「イイも悪いも一緒に居たのは偶然ですから…恭哉も郵便局に戻らないとでしょ?」

「郵便局…恭哉さん?」

『イチ』は眉間にシワを寄せて恭哉を見る
綺麗な切れ長の目がつり上がり、ものすごく不快そうに眉間にシワを寄せていた

「アナタって人は…なんて話したんですか…」

「ん?なーんも?…」

恭哉は頭をぽりぽり掻きながら…首をかしげた

「ま、いいや…じゃ失礼します…」

頭を下げて鞄からキャップを取り出すと自分と恭哉に被せ、会場を出ようとした

…出口を出たと思ったら恭哉が『イチ』を制して私の元にヒラリと戻ってきた

呆れたように一瞬こちらを見た『イチ』は
諦めたのか、パタンと扉を閉めて出ていった

恭哉は私の目の前まで来て、ふにゃと笑う

「どうしたの?恭哉…」

「きりんちゃん…あれ、誉めてくれてありがと。
…あのきりんもきりんちゃんも必ず届く……
あれ、希望のきりんだからさ…じゃ、またね」

そしてすばやく私の唇に唇を寄せ…
またヒラリと身軽に身を翻して今度こそ出ていった


(キ、キ、キ、キ、)

あのタイミングでキスするとか…

(信じらんない)

暫く呆然と立ち尽くした
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