PMに恋したら
坂崎さんを家族同然のように扱う父に嫌気がさす。母も息子がほしいと思っていたことも知っている。子供は私しか授からなかったのだから、坂崎さんがうちに来て喜んでいるのだろう。
その坂崎さんも坂崎さんだ。父に取り入れば会社で出世できるのかもしれないが、上司の家に入り浸るなんて図々しいのではないか。もう遠慮して帰ってもいい時間なのだ。
父への怒りがどんどん坂崎さんにも向いている。このままではよく知らない坂崎さんまで嫌悪してしまいそうだ。
コンビニでコピー用紙を買って家に戻り、自転車を置くと庭に赤い光が見えてぎょっとした。
「おかえりなさい」
聞き覚えのある声が向けられ、目を凝らすと坂崎さんがウッドデッキに腰掛けていた。手にはタバコを持っている。彼がふうと吐き出した煙のせいで、数メートル離れた私のところにまでタバコの臭いが届く。
「タバコ……吸われるんですね」
父はタバコが大嫌いだ。吸っている人の近くに行くだけでも嫌がる。
「はい。なのでお庭をお借りしています。吸殻はちゃんと持って帰りますから」
リビングの窓から薄っすら漏れる明かりで坂崎さんが微笑んでいるのがわかる。
父がタバコを敷地内で吸うことを許すなんて驚いた。それほど坂崎さんに甘いのだ。
「実弥さんはタバコがお嫌いですか?」
「嫌いと言うほどでは……吸わないですけど、父のように吸う人のそばに行きたくないと思うほどではないです」
この言葉に坂崎さんは笑った。父はタバコを吸う人が嫌いという嫌みを含めた言葉は坂崎さんに伝わった。けれどこの人は気を悪くするどころか笑うのだ。
「実弥さん、少しお話しませんか?」
「え……」
戸惑う私に坂崎さんは自分の隣に座るようにとウッドデッキの端をぽんぽんと叩いた。
坂崎さんに近づきたくはないけれど断るのも悪い気がして、コピー用紙の入った袋を玄関のドアノブにかけてから坂崎さんに近づいた。間にもう一人座れてしまいそうなほどの距離を開けて隣に座った。