PMに恋したら

父に強引に引き合わされているから嫌なだけではない。坂崎さん自身の得体の知れない雰囲気が苦手だった。まともに話したことがないから、どんな人なのかいつまでたっても分からない。

シバケンに電話をかけると、寝てしまっているのか出ることはなかった。今夜は最悪な日だ。シバケンの声を聞くこともできない。

下の階から父の笑い声が聞こえる。今の私にはいつも以上に不愉快な雑音だった。今では早く家を出たい。その一心だ。

パソコンを起動し、作業を始められるようになるまでスマートフォンで転職サイトを開いた。
求人を何件も見たし、退職願も書いて封筒に入れて用意してあった。あとは部長に提出する勇気と覚悟を絞り出すだけだ。いつでも退職できるという状況が気楽でもあったし、踏み出す勢いがつかない原因でもあった。

Excelを開き、作りかけの履歴書の余白を調整する。市販の履歴書では学生でもないのに『好きな学科』の欄があったり、志望動機が少しだけしか書けない。それなら自分で履歴書を作り、企業にアピールしたい項目に合わせて枠の大きさを決めたい。
印刷のミスが続き、足りるかと思ったコピー用紙がついになくなってしまった。仕方なくコンビニに買いに行くことにして財布を掴む。

さすがに坂崎さんはもう帰っただろうと下りると、まだ父と一緒にソファーでくつろいでいた。
テーブルの上のパソコンや書類は片付けられ、父は大事にしていたはずのワインのボトルを開けている。
報道番組を見ながら、坂崎さんと政治についてああでもないこうでもないと議論をしていた。

父の横で母までも座って一緒にワインを飲み、その三人の姿はまるで家族のようだ。この家で家族ではないのは私なのだと思わされた。

もうすぐこの家を出て行くから、いっそ坂崎さんを養子にすればいいのに。

三人に呆れながらスニーカーを履いて外に出た。車の横に置いてある自転車に跨りコンビニへの道を走る。

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