棘を包む優しい君に
19.ずっと前の話
 短大に通う途中によく見かける人。
 前に変な人に絡まれた時に助けてくれた人。

 見かけるたびにあの時の光景が蘇る。

「こいつ、俺の連れだけど?」

 長身で威圧されて、絡んでいた人は去っていった。
 お礼を言おうと振り返った時にはもう遠くを歩いていて、陽に照らされた髪が綺麗だった。

 髪色が珍しくてそれであの時の人だと分かった。
 顔立ちも綺麗でモデルみたいな人だった。

 だから私とは住む世界が違う人だなぁと、ただそれだけだった。


 何度か見かけて忘れかけていた時。

 雨が降る日にまたあの人を見かけた。
 傘もささずに路地裏で座っている姿はまるで雑誌の撮影みたいだった。

 天を仰いで雨に打たれていた。

 目を奪われて物陰に隠れて見ていると、近くに猫がいたことに気づいた。
 野良猫なのかずぶ濡れで汚れている。

「お前も一人か。俺もだ。
 俺のことだけを見てくれる人なんてこの世にいるのか……もう俺、信じられそうにないよ。」

 聞こえてきたのは見た目からとても想像できないような弱音。

 ひどい振られ方でもしたのかな。
 あんなに綺麗な人が。

 雨に濡れる顔はもしかしたら泣いているのかもしれない。
 胸が締め付けられるような痛みを感じて動けずにいた。

「すみません。お嬢さん。」

 背後から人が近づいていたことにも気づかずに声をかけられてビクリとする。

「突然すみません。
 あいつを助けてやってくれませんか?」

 その人は名刺を差し出して「ここにあいつはいます」とだけ言って去っていった。

 名刺には『針谷人材派遣』と書かれていて『取締役社長 針谷 英治』とあった。

 のちに彼の父親だと知った。




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