主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-③ 
「息吹、ちょっと坊たちと出かけてくる」


雪男は朔と輝夜のことを坊と呼ぶ。

次期当主は朔だが確定ではなく、朔に万が一何かあった時には次男の輝夜が継ぐことになり、妖の世界では真名を気安く呼ぶことは禁忌にあたるため、朔が当主と確定するまでは名は呼ばない。

だが朔が当主になれば通名の"主さま″と呼ぶので今後もその名を口にすることはないが、輝夜はしきりに名を呼ばれたがった。

それは輝夜なりに、自分に野心はなく当主の座を今後狙うこともないという主張だった。


「うんいいよ、朔ちゃんたちに甘いものでも食べさせてあげて」


「ん、分かった」


すでに草履を履いて準備万端の朔たちは雪男の両隣に陣取ってそれぞれが雪男の袖を握る。

彼らに必要以上に懐かれている雪男は百鬼たちにそれをとても羨ましがられていたが――実際はこのふたりは悪戯好きで毎回何かしら罠を仕掛けられては叱ることが多く、最悪の二人組なのだ。


「お前ら挙動不審すぎたぞ。主さま若干勘付いてたし」


「嘘だ、俺たちはちゃんといつも通りにしてたぞ」


「いいや、してなかった。めっちゃ疑いの目で見てた。俺に殺すって言った!」


面白くもないことなのにふたりは声を上げて笑い、雪男は頬を膨らませながらせかせかと短い足を動かしながらついて来るふたりの歩幅に合わせてゆっくり歩いた。


「で?橋のとこまで行けばいいのか?」


「できれば渡りたいんです」


「んんー…分かった。要はばれなきゃいいんだろばれなきゃ」


それはとても難しい要望だったが、もう腹を括るしかない。


「よし!行くぞー!」


「おー!」


掛け声が上がる。

幽玄橋に向け行進が始まった。
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