主さまの気まぐれ-百鬼夜行の王-③ 
実の父母に見捨てられ、捨てられた時のことはもちろん記憶にない。

だが生まれたばかりの我が子が急に言葉を話すともなれば――それはもう物の怪の類だと信じる他ない。


「怖いよね、生まれたての赤ちゃんがいきなり言葉を話すなんて。私の本当のお母さんは怖くて仕方なかったと思うの。でももしかしたら妖の世界では生きられるかもしれないって思ってくれたのかも。だから幽玄橋に捨てて行ったんじゃないかな」


「お前ってさ、ほんと前向きだよな。俺だったらそんな風に捨てられたら親を恨んで心が荒むよ」


「うん、そうならなかったのは主さまや雪ちゃんたちのおかげだよ。みんなが私を一生懸命育ててくれたから。だから私今、ここに居るんだよ」


息吹の肩から長い髪がさらりと零れる。

美しい黒髪に触れたい、と急に欲求が沸き上がった雪男は、ひと房手に取って口づけをした。


「ゆ、雪ちゃん?」


「氷雨、って呼んでくれよ」


「雪ちゃん…私は主さまの奥さんなんだよ?そろそろ分かって」


「分かんねえよ。俺はお前が好き。だから振り向いてくれるまでずっと待ってるから。俺、ものすごく辛抱強いからな」


深刻にならないよう軽く右目を閉じて茶目っ気たっぷりに見せた雪男にほっとした息吹は、気を取り直して話に戻った。


「私、恨んだことなんて一度もない。こうして生んでくれたからこそみんなと出会えたし、朔ちゃんたちを生むことができたから。…お父さんもお母さんもまだご健在だといいな」


「…ん、そうだな」


じゃあお休み、と声をかけて雪男が朔たちの元に戻ると、息吹は入れ替わりにやって来た母代わりの山姫に笑いかけた。


「ねえ母様、私みたいなじゃじゃ馬が娘で嬉しい?」


「え?そりゃ嬉しいよ。あんたみたいに可愛い娘があたしの娘なんだから。…なんだい急に…恥ずかしいからやめとくれ!」


恥ずかしがる山姫に抱き着いた息吹は、そうしながら母代わりの山姫と実の母のことを思う。


元気に過ごしていてほしい。

ただ切にそう願って。


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