御曹司と婚前同居、はじめます
腫れた目のまま電車に乗る勇気がなかったので、悔しいけれど瑛真に言われた通りタクシーで帰宅した。
頭が酷く混乱している。
誰かに聞いてもらいたいけれど、私たちの事情を知っている人間なんて創一郎さんしか思い浮かばない。
柏原さんに相談してみる? でも、相談できるほどの間柄ではないし……。
やっぱり本人にぶつけるのが一番な気がした。
こんな精神状態でも瑛真の為に食事を作らなければいけない。
これじゃあ本当にただの家政婦だわ。
もしかして、何の取り柄もない平凡な見た目の私に、女としての魅力を感じなくなったとか?
生成り色のエプロンを身に付けた自分の姿を見下ろした。
花柄とか、もっと上品なものが似合う人がよくなった? それとも元々私のことなんて――。
そこまで考えを巡らせてかぶりを振った。
創一郎さんが余計なことを言うから、こんな馬鹿げたことを考えてしまうんだわ。
包丁を握り締めたままキッチンで立ち尽くしていると、ダイニングテーブルに置いてあった携帯電話が鳴った。
既視感を覚えて反射的に身震いをする。
どうしよう。どんな態度で出ればいいの?
感情が纏まらないまま携帯電話を手にすると、そこには数字が羅列していた。
「誰?」
いつもなら無視をするけれど、今はいつもとは違った環境に身を置いているために、妙な胸騒ぎがした。