さまよう爪
『お邪魔します――と』

とっさに鏡台と同じ部屋にあるカーテンに巻きついて隠れたわたしだったが、侵入者は靴を脱いで部屋に入ってきて、あっという間にわたしを見つけた。

『あ、ゆき子さんの娘さん?』

カーテンからおずおずと顔を出すと、髪を茶色に染めた20代前半くらいの男がくしゃっと笑いかけてきて、ああ、母親の新しい恋人だな、と勘づいた。

母親はいつも、年の離れた若い男ばかりを囲うのだ。

デートの相手くらいならかまわないけど、お父さんになるとかだったらいやだな、と、さめた頭で思った。

その男は、笑顔もしぐさも、どこか生命力の強い植物のように湿った気配がして、これを色気ととる人もいるのかもしれないけれど、その反面、どこか傷んでいる風にも見えた。

とにかく、雰囲気が濃厚なのだ。

部屋には午後の光がカーテンの隙間から斜めに射し込んでいて、くっきりと部屋の中に明るい部分と影の部分に分かれていた。

男の目をのぞきこむと、変に暗く、わたしを影の部分に、一瞬で、ひきずりこみそうだと思った。
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