さまよう爪
わたしはこっそり棚の中から口紅を1本取り出すと、キャップを開けてくるくると柄を回してみた。

尖った赤い芯が出てきて、これで母親はいつも女を装うのだ、と幼心にもわかった。

自分の口元にそっと近づけてみたが、塗ってみるには至らなかった。

子供顔のわたしにとっては、ちぐはぐにしか見えないと、さすがにわかったからだ。

早く、早く、大人になれたらいいのに。

そう思いながら、棚の奥のほうをあさろうとしていると、玄関の鍵が回されてドアを開ける音が聞こえた。
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